みんなの体験記
Blog
水力発電所を歩き・見て・学ぶ、大人もためになる「社会見学」ツアー
伊那市自然エネルギーツアー「水力発電コース」
水が高い所から低い所へ流れるエネルギーで電気を生み出す、それが「水力発電」です。もともと、起伏に富んだ地形の日本にとっては、相性の良い発電方法でした。天候に左右されずに安定的に発電できることから、自然エネルギーの中でも期待が寄せられています。

“日本のアルプス”と呼ばれる3000メートル級の山々が連なる長野県にとって、水力発電はまさにうってつけの発電方法です。二つのアルプスに挟まれた上伊那地方には、大小さまざまな水力発電所があります。ダムの放流水を利用したり、山奥からトンネルで沢水を運んだりと、その仕組みも多彩。NPO法人・南アルプス研究会の「伊那市自然エネルギーツアー」では、普段は立ち入れないこうした施設の内部を見学することができます。

今回は、同研究会の小澤陽一(おざわ・よういち)さん同伴の下、その見所を歩いて回りました。水力発電の世界の奥深さを学べる「大人の社会見学」の行程をリポートします。
ダムの放流水を有効利用、伊那市の「高遠発電所」へ
ダムへと通じる階段の扉を開ける藤本さん。ここから先は関係者以外は立ち入り禁止
最初に訪れたのは、伊那市郊外にある「高遠発電所」。長野県が管理する施設で、県下屈指の桜の名所「高遠城址公園」が近いことから、「高遠さくら発電所」の愛称が付いています。所長の藤本晃人(ふじもと・あきと)さんに案内してもらいました。

「水力発電所を巡るツアーって、そもそもどこを見て回るんだろう」

集合場所であいさつを交わした後に、内心そう思っていると、いきなり立ち入り禁止の注意書きがある扉に手を掛ける藤本さん。

「え!そこ入らせてもらえるんですか」と問い掛けるわたしに、「もちろんです。きょうご案内するのは、普段入れない所ばかりですよ」と藤本さん。冒険心がくすぐられます。
目指すはダム湖より低い場所にある発電所。右は小澤さん
案内されるまま、ダムへと続く階段を下ります。高い所が得意でない筆者ですが、手すりがあるのでそれほど恐怖心は感じませんでした。

移動の途中、藤本さんから発電所に関する説明がありました。こちらの発電所は、ダムの「維持放流水」を利用する点が特徴です。維持放流水とは、下流の水生生物の生息環境を保つために放出される水のこと。この水をダムの脇にある「水圧鉄管」を通して発電所の水車に送り、そのエネルギーで発電機を動かす仕組みになっています。

再び、立ち入り禁止の扉を開けて、次はダムの脇にある急な階段を下ります。隣には、発電所の方へと伸びる、頑丈な造りの「水圧鉄管」が見えます。
ダムの脇に架かる階段。白くて太いパイプが発電所に水を送る「水圧鉄管」
階段を下った先に、発電機があるコンクリート製の建物がありました。

ダムの方へと振り向くと、視界いっぱいに放流用の大きなゲートが。こちらに迫ってくるような圧倒的な存在感です。「ダムマニアにはたまらないツアーなんですよ」と藤本さん。小学生が社会見学で訪れることもあり、子どもたちもここで歓声を上げるそうです。

さあ、お待ちかね。発電所の中をのぞいてみましょう。
発電所の中の様子。発電機を管理する機械があります
この日は2月半ばで、外は氷点下の寒さでしたが、建物の中に入ると、まるでエアコンがきいているかのように暖かでした。室内の気温計は19度を指しています。

藤本さんに聞くと、発電機が電気を生み出す際に熱を発し、それが室内の空気を温めているとのこと。真夏は暑くなりすぎて機械が壊れてしまわないように、常時換気扇を回して気温を調節しているそうです。
かたつむりのような形をした装置が水車。右隣の発電機とつながっていて、連動する仕組みになっています
発電の核心部となる水車と発電機は、想像したほど大きくありませんでした。それでも、この施設が年間に生み出す電力の量は約124万kWh。これを、平均的な一般家庭で消費される電力量に換算すると、約350世帯分に相当すると言います。

稼働中の発電機に手の平を当てると、温もりと振動が感じられます。

最後に、藤本さんに水力発電の良さとは何かを聞きました。

藤本さんが真っ先に挙げたのは「二酸化炭素を出さないこと」でした。長野県では、2050年までに「ゼロカーボン」(二酸化炭素排出量実質ゼロ)の達成を目指しています。これは、化石燃料に依存した社会のあり方を見直そうとする強い意志を表したものです。

さらに、太陽光発電や風力発電と比べて計画的に発電できる点も大きなメリットなのだそう。近年は集中豪雨のような極端な気象も目立ちますが、ダムがあれば人の手で水を管理できるので、自然任せにならないというわけです。
ダム要らずの水力発電、「三峰川発電所」
高遠発電所と同じ三峰川の上流にある三峰川第一発電所
続いて訪れたのは、伊那市長谷にある三峰川(みぶがわ)電力株式会社です。高遠発電所があるのと同じ三峰川の上流河畔にあり、車で15分ほどで到着します。

同社は全国で自然エネルギー発電事業を展開していて、三峰川には第一から第四まで4つの水力発電所があります。まずは事務所で、所長の兼子孝広(かねこ・たかひろ)さんから、発電所の特徴について説明を聞きました。

三峰川電力の水力発電所の一番のポイントは「ダムを持たないこと」だそうです。

と、言われても、今しがたダムを見てきたわたし。正直、イメージがわきません。

「ダムがないのに、水力発電ができるんですか」

このわたしの質問に、兼子さんは三峰川発電所と周辺の地図を広げて解説してくれました。
三峰川電力の事業について説明する兼子さん
三峰川は天竜川最大の支流で、南アルプス仙丈ケ岳が水源です。同社では数キロにも及ぶトンネルを山中に張り巡らし、合わせて12カ所の取水口から水を取っています。この方法を「流れ込み式」と呼び、ダムを建設するより環境面の負荷が小さいことが特徴です。

構造物を造らなくて済む分、コスト面でも優れています。近年は、農業用水路などを活用した「小水力発電」に期待が寄せられていて、まさに今の時代に求められている技術です。

三峰川第一発電所は事務所の隣にあります。発電所の後ろは崖になっていて、その上にある貯水槽から「水圧鉄管」で水を運びます。鉄管は二股に分かれて発電所の地階にある1号機と2号機の水車へ。水車と連動する形で上部の発電機が動いて電気が発生する仕組みです。
三峰川第一発電所の2号機。発電能力が大きいだけに、発電機のサイズも桁違い
建物の中に入ると、とてつもなく大きな円柱型の発電機がありました。第一発電所の発電能力は、同社が管理する21の発電所の中で最大規模です。1号機と2号機を合わせた年間発生電力量は約1億kWhになるというので桁違いの能力です。

沢の水の量が少ない冬季は機械のメンテナンスが入ります。この日は、停止していた2号機に近づいて、機械の構造を見せてくれました。

地階に下りると、「ゴォオオオオ」という轟音が鳴り響いていました。鉄管の中を流れる水の勢いを想像すると、少し恐ろしくも思えます。

2階の部屋には水の神様をまつる「神棚」がありました。毎年6月、社員が奈良県の神社を訪れて、安全祈願をしているそうです。
農業用水を利用、「美和土地改良区発電所」
実際のツアー行程では、もう1カ所、同市長谷の「美和土地改良区発電所」を訪れます。

こちらは、三峰川支流の黒川から引いた農業用水を利用する発電所で、水利権を持つ地元の土地改良区が事業主体となっています。発電した全量を売電し、収入は水路の維持に充てています。

先に訪れた県営の高遠発電所、民間の三峰川発電所とはまた違う、地元管理の水力発電所というわけです。規模は小規模ながらも、可能性を秘めた施設と言えそうです。
農業用水を利用している「美和土地改良区発電所」
今回取り上げたのは、伊那市自然エネルギーツアーのうち、「水力発電コース」のメインとなる見学施設です。

実際のツアーは、午前10時に伊那市役所へと集合。最初に「高遠発電所」を見学し、続いて「美和土地改良区発電所」へ。道の駅「南アルプスむら長谷」での昼食をはさんでから、最後に「三峰川電力」を訪れます。終了後、伊那市の自然エネルギー施策について学ぶ座学研修と質疑応答の時間があります。終了は午後3時の予定です。

NPO法人・南アルプス研究会が管理する専用ホームページで、申し込み・問い合わせすることが可能です。

電話による問い合わせは、同研究会の金子さん(☎080・6518・1104)へ。

【ツアー詳細】
NPO法人・南アルプス研究会
TEL:080-6518-1104
HP:https://re-energy-tour.com/
料金:7,800円(税込)
*バス代、資料代、昼食代、保険料含む。
*伊那市までの交通費、宿泊費は含みません。
最少催行人数:10人 /最多催行人数:25人

【関連記事】木質バイオマスの一大製造地、エコツアーで伊那市高遠町を巡る

*この記事の情報は、令和3年3月9日現在の情報です。
みんなの体験記ライター
投稿者熊谷 拓也
年代30代
趣味山歩き、ドライブ
自己紹介飯田市生まれ、元地方紙記者。「半農半著」に憧れて、箕輪町の果樹農家さんの所で、ぶどうとりんごの勉強中です。