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首都圏育ちの20代女子、初めて虫を食べる。 ざざむし漁40年のベテラン漁師と天竜川で「虫踏み」漁
ざざ虫漁
1月、冬晴れのある日、私は世界の昆虫食ブームに乗り、ざざむし漁体験にやってきました。ざざむしを食する文化は、全国でも伊那谷だけ。「最近は、昆虫食のフェアをやると大人気でね、女の人もたくさん来るよ。」ざざむし漁40年のベテラン漁師である中村昭彦さんの言葉を聞いて、幅広い層への人気を実感。どうやって獲られるのか?美味しいのか?など、謎に満ちた昆虫食の真相を探ってきました。
ざざむし漁は、極寒の冬に行う楽しみ
ざざむし漁は、1年のうち12月1日から2月末までの3ヶ月間しか行うことができません。他の期間は禁漁期間です。伊那谷にはイナゴ、蜂の子、蚕のさなぎ、そしてざざむしの「信州四大珍味」が揃っており、昆虫食マニアからしたら、たまらないはず。伊那谷で昔から昆虫食が盛んで、それが現代まで大切に引き継がれ、一つの食文化として成立しています。

体験当日、車で伊那市の商店街から5分ほど行った土手に到着した時、下から声がしました。「おーい、こっちだぞ~」。極寒の天竜川の水の中で、中村さんが手を振ってくれています。私は持っていた長靴に急いで履き替え、天竜川に入るために土手を下ります。水の深さはだいたい20センチほど。水の中で転ばないように気をつけながら中村さんの元へ向かいます。無事、水に濡れずたどり着き、中村さんにご挨拶。中村さんが身につけているニット帽には、「虫踏許可証」と中村さんの名前が書いてある布がとめてあります。「これを持っていないと漁をすることができないだよ」と中村さん。
中村さんは、私が来る30分前から川の中で漁をしていたと言います。水の中で鍬を使って岩をひっくり返し、長靴を履いた足でグリグリ踏みつけていきます。これは「足踏み」と呼ばれるざざむし漁の手法。水の流れる先には、手づくりの網が設置されており、岩から剥がれたざざむしがその網にひっかかります。なるほど、水の流れを利用して、ざざむしを獲ることがわかりました。「やってみてごらん」と鍬を渡されたので、川の底にある大きな岩に狙いを定めます。硬い岩をぐいっとひっくり返すと、何かが岩にくっついている気がします。岩の裏に、ざざむしが小石などを使って巣を作っているため、色々なものがくっついています。足の裏を使ってこすり、ざざむしを岩からはがします。少し先にある網を覗きに行くと、落ち葉などと一緒に茶色くて細長い何かが動いています。「おお!取れた!」。冬の澄んだ川の中で同じ作業を何度も繰り返し、自分が狙いを定めた岩の後ろにざざむしがたくさん付いていると、当たった!という気持ちになり嬉しくなります。そういう小さな喜びがざざむし漁の醍醐味なのかもしれません。
「ざざむし」というのは、川にすむ幼虫の総称だった。トビケラが一番ジューシー
ざざむしというのは、カワゲラやトビケラ、ヘビトンボという種類の虫の総称のこと。昔、川が流れる様子を「ざざ」というように言ったそう。そのため川にすむカワゲラなどの虫をざざむしと言ったそうです。ちなみに、中村さんのお気に入りは、トビケラ。一番脂がのっていて美味しいそうです。
中村さんにざざむしの話をお伺いしていると、「はいこれ、食べてみて」とタッパーを突然渡されました。中をみてみると、たくさんのざざむしが…!中村さんお気に入りのカワゲラのざざむし佃煮です。「カラっと仕上げたから美味しいよ」そう言う中村さんの言葉を信じつつも、珍味に慣れていない私は思わず目をぎゅっとつむってしまいます。恐る恐る小さなざざむしを一匹、口の中に入れて噛み締めてみると、カリッとした食感の後に、ジュワッと旨味が。美味しい…想像していた味と違っていたため、もう一度確かめたい気持ちになり、気がついたら次のざざむしを2、3匹一緒に口の中に運んでいました。

昔と比べてゴミなどが減り、川はきれいになっているものの、近年の豪雨などによってざざむしが流れてしまい、取れる量は減っていると言います。「私たちが子どもの頃は、工事で川の水をせき止めたりしているとね、たくさんざざむしが取れるもんだから、みんな割り箸なんかを持って子どもたちが取りにきていたよ」。中村さんの子ども時代の姿を想像し、嬉しそうに川の中に入っている様子は今と変わらないのだなあ、となんだか楽しい気持ちになりました。

ざざむし漁をする漁師は、今では10名ほどになり、最近はほとんど趣味で行う人が多いそうです。ざざむしは珍味として高値で取引されますが、中村さんは販売はせず、知人達にあげることが多いそうです。「結構楽しみにしている人も多いんだよ。妻は、山育ちの人だからざざむしは、食べないんだけれどね」。そう笑います。同じ伊那谷でも、天竜川に近いところで育った人はざざむしを食べるけれど、川から遠いところで育った人は、イナゴや蜂の子は食べても、ざざむしは食べない人が多いそう。とてもディープな地元体験をしているように感じました。
少し動いて、そのあとはぼんやり川辺で一休み
一通り、漁の体験をしたあと「まあ、座ろう」と言われたので、川辺に二人で座ります。ゆるやかな天竜川の流れを目の前に、視線を落として座ると、子どもの頃、友達と土手などで遊んでいた記憶が蘇ります。少し春めいた日差しは暖かくて、気持ちが良い。

「最高ですね」と思わず呟くと、「私はこの時間が一番好きでね、だから、ざざむし漁に出てきているんだよ」と少し眩しそうな顔をして話されていました。たくさん獲らなくては、とか、早く獲らなくては、という価値観はここでは存在しません。ただ好きだから川に出て、自分のペースでのんびりやる。そんな柔らかくて安心する時間の存在を、ざざむし漁では教えていただきました。

今回の体験は、新しいものに出会いたいという好奇心がある方、他ではない地域の暮らしを地元のざざむし漁師さんから聞いてみたいという方など、幅広い方にオススメです。ぜひ参加された際には、中村さん手作りのざざむしの佃煮もいただいてみてください。
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*この記事の情報は、令和3年3月8日現在の情報です。
みんなの体験記ライター
投稿者山下実紗
年代20代(27歳)
趣味旅と読書とラジオ
自己紹介夫婦でシェアハウスをするなど、新しいライフスタイルと地域に根ざした活動を研究中。学生時代はブラジルに留学し、大学卒業後は独立行政法人で働いた後、まちづくり会社にジョイン。ほか個人事業主としても、ライターやファシリテーションなど小商いで生きる。