伊那谷の冬があるから味わえる。 伝統製法「天然糸寒天づくり」を見学
有限会社小笠原商店
長野県の冬の風物詩のひとつが、「寒天づくり」です。寒天の原材料は、海藻の一種「天草」。海のない長野県ですが、寒天づくりの歴史は古く、江戸時代にまで遡るといわれています。
諏訪地方が一大産地として知られていますが、伊那市も知る人ぞ知る産地のひとつ。中でも有名なのが、今では貴重な「天然糸寒天」をつくっている創業100年の老舗「小笠原商店」です。
寒天づくりに必要なのは、昼夜の寒暖差と晴天。伊那市の冬は、強い冷え込みがありながら、曇天や降雨・降雪が少なく、晴天率が高いのが特徴です。そんな気候と風土があってこその寒天づくりは、伊那谷の冬を体感するのにもうってつけ。最盛期の1月下旬、伝統製法を見学に小笠原商店へ行ってきました。
寒天づくりは早朝から! 朝の澄み切った空気を感じながら
集合は朝7時30分。田んぼの真ん中にある干場(ほしば)は、まだ夜が明けきっていませんでした。「道が凍っているので気を付けてくださいね」。そう教えてくれたのは、小笠原商店取締役の小笠原英樹さん。
日が昇り始めた寒天の干場。農家の副業だった時代は、稲刈りが終わった田んぼが干場になったそうです
寒天づくりは、まず天草を煮詰めることから始まります。それをろ過し、ところてん状に切り分けます。この状態では約98%が水分。それを、天日にさらして、夜に「凍る」、日中に「溶ける」を繰り返すこと約2週間、溶けている間に少しずつ水分が抜け、完全に乾燥すると私たちの知っている寒天の姿になります。つまり、天然のフリーズドライ。
この日、見学させてもらった工程は天日乾燥の部分。まだ日が当たらない、朝のひんやりとした空気の中、作業が始まりました。気温は-4℃近く。社員の方がよしずに並べた寒天を干場に広げ始めます。そうこうしているうちに、東側の山からゆっくりと日が差し始めました。
最初は冷凍庫で凍らせてから外に出します。外に出して1日~2日はハウス内で管理。1日目はまだべっこう色のところてん状。「2日目になると大分軽くなりますよ」と、重ねられた寒天を運びながら社員の方が教えてくれました
伝統製法を守り伝える老舗「小笠原商店」
小笠原商店の創業は、大正5年。創業の地は富士見町ですが、2001年に伊那市東春近地区に移転してきました。寒天づくりはかつて農家の冬の副業で、諏訪地方を中心に一時寒天づくりを行う家が200軒近くもあったそうです。しかし、今では、この地域で寒天づくりを行っているのは小笠原商店1軒のみ。
初代と天屋(てんや)衆と呼ばれる出稼ぎ農家。歴史を感じる写真。「先人たちの努力が今につながっています」という小笠原さんの言葉にも重みを感じます
取締役の小笠原英樹さん
「天然糸寒天には、十分な寒暖差、風、山々から流れる豊富な地下水、干場に最適な場所の広さなど、さまざまな条件が重なってはじめて、つくることができます。伊那に移転したのも、よりよい寒天づくりをしたかったから。この地は最適でした」(小笠原さん)。そんな話を聞きながら、晴れ渡った空の下でしばらく作業を見学させてもらいました。朝の澄んだ空気で、不思議と寒さも心地よく感じられます。
日の光できらきらと輝く寒天は、繊細なガラス細工のようにも見えました
老舗和菓子店を支える天然糸寒天の品質
干場での見学を終え、天草を煮詰めている工場の横を通ると、山国ではあまり馴染みのない磯の香りがしてきました。「磯の香りがしますね」と言うと、「皆不思議がるんですよ、山の中で磯の香りがするって。自分たちは慣れてしまって、もう分からないのですが(笑)」と小笠原さん。
この日みせてもらった国産の天草
天草は愛媛、長崎、広島など西日本を中心に、海外からも良質なもののみを取り寄せています。岩場の状態や、水温など、産地の条件によって特徴が異なるため、より良い寒天をつくるために数種類をブレンドするのだそうです。
「煮込み過ぎると弾力性がなくなり、煮崩れてしまいます。ちょうどいい火加減で煮込まないといけません。天草を活かすも殺すも職人次第。ゆっくりじっくり手間暇かけて、天草本来の力を引き出すのが、私たちがつくる寒天です」。事務所に入り、工程の手順書を見ながらそう教えてくれました。
事務所内を見学していると、某老舗和菓子店の看板が。「もしかして、あの日本一のようかん屋さん!?」と驚いていると、「長年、老舗和菓子店のご要望にお応えできるよう、より良い食感の寒天づくりに励んでいます」と教えてくれました。言わずと知れた老舗和菓子店の代名詞となっているのが「ようかん」です。ようかんの基本的な材料は、小豆、砂糖、寒天の3つのみ。シンプルだからこそ、素材の良さが品質を左右するそうです。産地を大切にする取引先の社員の方が、研修に訪れることもあるのだとか。
「ようかんがおいしく感じられる“食感”にこだわれと、代々言われています。しっかりとした弾力がありながらも歯切れがよく、なめらか。それが、和菓子職人に喜ばれる寒天なのだと教えられてきました」(小笠原さん)
手間暇かかる天然糸寒天をつくるメーカーは、温暖化の影響もあり、今では国内でもごくわずかです。それでも、小笠原商店が伝統製法にこだわり続けるのは、こうした信頼関係を長年築いてきたからなのだと感じます。
老舗和菓子店ようかんは茶道の世界でも御用達。実は茶道歴10年、大のようかん好きの筆者としては感動もの…すごい
ところてん突き体験! 食べてみないと分からない味と食感
「とにかく食べてみないと」と、案内された部屋で、ところてん突き体験をさせてもらいました。固めた寒天を「天突き」に入れ、押し出すと、どんぶり1杯分のところてんに。小皿に盛り分け、特製のゆずポン酢をかけ頂きます。
口に入れると、つるんとした食感と歯切れの良さ、そしてほのかな磯の香りが広がります。「これまで食べていたものと全然違います…!“食感”が違うとおっしゃっていた意味が分かりました。おいしいです」と驚きを口にすると、「食感は絶対なので、違いが分かってもらえるとうれしいですね。自分たちのやっていることが間違いないのだと実感できます」と微笑む小笠原さん。
ところてんをついている様子(写真提供:小笠原商店)
特製の「天突き」で突くとどんぶり1杯分のところてんができます。これで5人前くらい。体験すれば食べ放題です!
結び目をつくることもできるほど、しっかりとしています。これまで食べてきたところてんと全然違いました…和がらしを付けると味変します(筆者はからし付きが好きでした!)
寒天づくりは“天地人”。そのこだわりを現地で聞いて味わって
ところてんを食べながら、小笠原さんの思いをさらにお聞きしました。「寒天づくりは“天地人”だと思っているんです。天と、伊那の地と、人があってはじめてできる。だからこそ、目で見て、味や食感を確かめてもらって、その違いを感じてもらえたらうれしいです。現場の空気を五感で感じて欲しいですね」(小笠原さん)
寒天づくりは10月初旬から3月頃まで行われていますが、見学するなら、やはり最盛期の12月~2月がおすすめ。冷え込みの厳しい晴天の日が最適です。見学および、ところてん突き体験は、日時を調整すれば対応してくれます(※)。事務所では寒天商品の直接購入も可能です。
冬の伊那谷だからこそ体験できる、天然糸寒天づくり。五感で体感すれば、日本の食文化の奥行きと、それらを支えてきた地域の歴史と風土を知ることができるはずです。
寒天を運ぶ様子。働く皆さんの柔らかな笑顔と明るい声も印象的でした。そう小笠原さんに伝えると「環境がいいからかな」とのこと。こんな環境で働けるなんて、ちょっとうらやましい…
【問い合わせ】
有限会社小笠原商店
〒399-4432
長野県伊那市東春近田原6301-1
フリーダイアル.0120-31-2364 /TEL.0265-73-1670
Email. info@e-kanten.jp
http://www.e-kanten.jp/
※寒天づくり見学・ところてん突き体験は要予約(1人4,000円・お土産付き)
*この記事は、令和3年3月に取材をし、令和6年2月に内容に変更がないことを確認したものです。