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天下第一の高遠桜。美しさの裏側に、桜の個性を見抜き、引き出す「桜守」の存在があった
高遠城址公園のさくら
「天下第一の桜」と称される美しさと規模を誇る、高遠桜。「さくら名所百選」に選ばれ、満開時には20万人以上が訪れるなど、日本を代表する桜の名所です。そんな高遠桜が毎年美しく咲くよう、日々保全している「桜守(さくらもり)」という職業があることをご存知でしょうか?今回はそんな桜守という役割や、地元の人に引き継がれてきた高遠桜の歴史についてご紹介します。
「桜精神」が高遠を天下一の桜の町にした
桜守のリーダー西村一樹さんに話を聞きに行くために、伊那市高遠に向かいます。地図を頼りに谷合の道を進んでいくと、高遠城址公園が見えてきました。長く急な坂道を登り、小高い山の上に、公園はあります。その公園の中の一際大きなお屋敷、高遠閣に西村さんはいらっしゃいます。
観光客の休憩所や町内の集会所として1936年に高遠城内に建てられた。千鳥破風(ちどりはふ)、唐破風(からはふ)など伝統的な技法がふんだんに取り入れられた登録有形文化財。高遠城に代わる公園の顔になっている。
「こんにちは。高遠城址公園にようこそ」

笑顔で迎え入れてくれたのは伊那市振興公社の桜守リーダー、西村一樹さん。想像以上に若く、まだ40歳手前とのこと。高遠で生まれ育ち、大学の4年間だけ千葉県に出ますが、卒業と共に伊那市振興公社に就職し、先輩に教わりながら、十数年にわたって桜守の仕事を担われています。
桜守という仕事もさることながら、高遠の桜についても気になり、まずはその歴史について聞いてみました。

「城址公園には、門外不出のタカトオコヒガンザクラが1,500本植えられています。高遠城が明治維新の廃藩置県で取り壊されて、一帯が荒れてしまったのですが、明治8年頃、高遠城址を何とかしようと、旧藩士達が城址に移植したのが高遠桜の始まりだと言います。公園内には、樹齢100年以上の古木が大体30本、50年以上が1,000本以上あります。でも実は、旧藩士の人たちが明治の頃に植えたものが残っているのは、お城の周りに少しだけなんです。町が本気になったのは、戦後のことで。今では町全体で5~6,000本植えられるまでになっていますね」

―てっきり公園内に桜が集中しているのかと思っていましたが、桜の町と言われるだけあって町全体に桜があるんですね。

「そうなんです。住民の皆さんも、桜に対する意識がとても高くて。『桜憲章』っていう桜を大切にしていくための指針まであるくらいです。『桜は、町民全体の貴重な財産である』とか、町民の善意によって桜を植林することが推奨されていたり。6,000本にもなったのは行政による植樹というよりも、町民みんなで植え育てていった成果と言えますね」
高遠閣前に大きく掲示されている高遠桜憲章。桜が観光名所を超えて“高遠人”のアイデンティティになっていることがうかがえる
―行政の観光施策というよりも、桜そのものが高遠の市民文化になっているのが素晴らしいですね。

「春には給食の時間に外でお花見をしたり、家から学校までの3キロの通学路がずーっと桜並木だったり、高遠では身の回りに桜があることが日常なんです。それが当たり前と思ってきましたが、外に出てこの良さに気づかせてもらいましたね」
桜を守るために、生態系を守る
桜をみんなで育てていく文化があるため、住民の方から桜の木に関する相談を受けることも多いといいます。

「病気っぽい桜を見かけたり、自分の家にある桜の木を切る時も、わざわざ住民の皆さんから“これ、大丈夫かい?”って連絡をいただくことも多いです。基本管理は公園内ですが、町全体の桜も大事にしていきたいので、3人で管理するのは結構大変ですね」

―たった3人で数千本の桜を管理…。気が遠くなります。具体的に桜守としてどんなお仕事をされるんですか?

「仕事は本当に多岐にわたりますが、桜の世代交代のために新しい苗木を植えたり、春に桜が美しく咲くように枝を剪定したり、害虫にやられている桜があれば駆除したり、一年中忙しいですね。夏は暑いし、冬は寒いし、四季とともにある仕事だと思います」

―仕事の中で特に大切にしていることはありますか?

「観察ですね。木の変化にできるだけ早く気づいて必要な対応をすることが、管理する上で一番大切です。例えば、葉っぱの食べられ方や葉っぱの色の変化によって虫害かどうか分かるんです。木の治癒力でどうにかなる場合もあれば、人の手を入れる必要があるか見極めなければいけません」
―見ただけで分かるってすごい。でも、虫が出たからといってすぐに駆除するわけではないんですね。

「そうですね。桜そのものを人の手で細かく管理するというよりも、桜が育ちやすい“環境”を人の手で整備してあげているイメージに近いかな。例えば、虫が出たからと、すぐ薬を散布すると、木の生命力を奪ってしまうし、害虫を食べてくれる鳥も嫌がって桜に寄り付かなくなってしまうんです。最近は地球温暖化の影響もあって、虫が大量発生したりして、管理もますます難しくなってきていますが、できるだけ生態系を崩さずに自然に委ねる管理をしています」

―桜と対話しているというか、なんだか子育てに近いイメージですね。

「そうそう。桜自体は僕よりもずっと先輩なんだけどね(笑)。桜も歳をとるから、ある程度の年齢が経って、枯れる兆候があれば、樹木の切り株や根元から生えてくる若芽を成長させて、新たな木を育てるんです。そうやって世代交代させて、桜を絶やさないようにするのも大事な仕事ですね」

桜を管理するために生態系そのものを管理する、とてもスケールの大きな仕事だと感じます。
高齢の木のまわりに白い布で巻かれている孫木を育てています。
全ての枝に意味があるから、一本一本の個性を見極める
取材の中盤、せっかくなので公園の桜を見ながら取材させていただくことに。すると、公園内の木の枝がきれいに分かれて、他の木と重なりがないことに気がつきます。

「剪定は枝1本の剪定だけで1時間くらい時間をかけることもあります。桜が満開になったときに、桜の花がたくさん咲いている部分と、花が少ない場所があると、桜がまだらになって美しくなくなってしまうので、できるだけ均等に桜が咲くように予測して枝を切っているんです」

―桜の成長を計算して剪定するってすごく難しそうな作業ですね。しかも、ただ長くなったから切るというわけではなく、花が咲いた時の美しさをイメージして枝を切るってデザイナー的な視点も求められるというか。

「間違えて切りすぎちゃっても修正できないし、切るときはいつもドキドキしますよ。例えばこの枝を見てください」
木の幹から小さな枝が芽吹いています。
「ただの枝だと思うと思いますが、実は光を求めて新たな枝を伸ばしているんです。成長すると、この枝も大きな幹になっていきます。枝一つとっても無駄なものは何もないんです。だからこそ、その桜がどう育とうとしているのか、枝一本一本の個性を見極めて、剪定することを大切にしています」

これまでは落ち着いた口調の西村さんでしたが、この時はとても思いがこもっているように聞こえ、桜に対する西村さんの強い尊意を感じました。
おすすめはアルプスと桜が一緒に見られる展望所
桜守として毎日、桜と向き合っている西村さん。せっかくなので、西村さんおすすめの桜スポットを教えていただきました。

「ここ高遠って、両方のアルプスが見える珍しい場所なんですよ。桜を見ながら、アルプスも見られる。山の上にある高遠城址公園ならではの贅沢ですね」
アルプスと桜を望める展望所。実はこの左後ろにもアルプスが見えるのですが、写真では写しきれません。
「この展望所あたりが特に綺麗に見えます。桜とアルプスって、写真ではなかなか上手く撮れないんですよね。どちらも白っぽいので両方を同時に撮ることができなくって。でもそれもいいですよね。写真じゃなく、自分の目でないと見られないのも。ぜひ写真だけでなく、生でこの美しさを見ていただきたいですね。今から春に向けて準備を頑張っていきますよ」

―やっぱりお客さんが集まる春は楽しみですか?

「うーん、満開の時期は複雑ですね(笑)。桜が咲く前が一年で一番緊張しますから。でもその分、咲いた時はホッとしますね。それに、時期がいいじゃないですか。冬は暗くて寒いですけど、桜が満開になる4月は、陽気も明るくなり、桜を見てますます気持ちが明るくなりますねる。桜を見上げる人はみんな顔が明るいんですよね。暗い顔の人は一人もいない。桜を見ている人の顔を見ていると、僕も嬉しくなりますね」

深い深い根が張り巡らされて、桜という一つの花が咲くように、美しい桜が咲くまでには想像以上の人の手と時間と思いがかかっている。

そんなことを感じた今回のインタビュー。

冬だったため、桜は直接見られませんでしたが、数ヶ月後の春に見る桜は、きっと今までにないくらい美しく、愛着の持てるものなのだろうと、今から春が楽しみになる、そんな取材になりました。
高遠城址公園さくら祭り
【スポット情報】
https://takato-inacity.jp/2021/
【入園券】
個人:大人500円、小中学生250円(大人は高校生以上)
団体:大人400円、小中学生200円(団体は20人以上)
【有料休憩所(高遠閣)】
200畳の大広間の休憩所です。
利用料 200円(1人1日につき)

*この記事の情報は、令和3年3月9日現在の情報です。
みんなの体験記ライター
投稿者北埜航太
年代20代
趣味カフェ、古民家、歴史ある町めぐり、ジブリ
自己紹介東京の文京区から辰野町に移り住みました。無垢の暮らしが残る、自然体の伊那谷が好きです。そんな伊那谷の雰囲気そのままに飾らない言葉で伝えられるように頑張ります。