みんなの体験記
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挽きたての香ばしさが美味の郷土食 ―高遠そば ますや―
高遠そば ますや
寒風吹き始める晩秋の青空の下で行列ができるほど、一押しの高遠そば屋がある。名前は「ますや」。伊那市街から10km程東にある、山間の店だ。
ここ高遠は今、桜の観光地として知られているが、明治初期までは伊那谷の政治・商業の中心地だった。

 そして江戸時代、2代将軍徳川秀忠の隠し子で高遠藩主であった保科正之公がこの地で、「これほど美味いものを食べたことがない」と絶賛したと言われる伝統食が、高遠そばなのだ。「高遠そばますや」ではこの高遠そばを、美しい里山の景観のなか味わうことができる。
さて、三角形のおしゃれな建物の前に到着すると、すでに何組かの先客が店外でおなかをすかせて待っている。この日の待ち時間は、のんびり1時間ほど。店内に入ればストーブが温かく、どこか懐かしいしつらいが落ち着ける雰囲気だ。
メニュー表を開くと、つゆの種類が色々あることに気づく。焼き味噌と辛味大根を溶いて食べる一番人気の“高遠そばつゆ“は、まさに高遠藩主も愛した伝統の味。江戸時代初期、400年前からこの地に伝わる食べ方である。

他に、”のどぐろ焼干しつゆ“や、鰹だしの”江戸風つゆ“などがあり、見ていると猛然と食欲が湧いてくる。
鰹だしにこんがり焼いた味噌を溶かし、おろした辛味大根と薬味ネギを加え、高遠そばつゆ“(からつゆ)を食べる前に作る。
人気の高遠そばつゆで焼き味噌を味わうべく、この日注文したのは「高遠三味(ざんまい)」。3枚のざるそばがついた欲張りなメニューだ。待ちに待ったおそばの1枚目は、高遠産のそばの実を付きのまま石で挽き、そばの甘味を引き出した“そば“。小麦粉2、そば粉8のいわゆる「二八そば」だ。
透明感がある見た目で、つるっと喉ごしが良く、大根の辛さと味噌のコクが中和して、味に深みが出てくるというのもうなずける。
2枚目以降は4種類の麺からお好みで選んで、それぞれの食感を楽しめる。
基本の玄そばの他に、殻を抜いて粉を挽いた草のような風味の“抜きそば“、

殻入りで極粗挽きにしたナッツのように薫る“田舎そば“、そして、昔からこの地で食べられていた在来種で、たった6粒の実から復活させたのだという“入野谷在来そば”。
私が選んだ2枚目の田舎そば(左)と3枚目の入野谷在来そば(右)。
両方とも粗挽きでそば粉10割。色目が濃く、そばよりさらに固いので食べ応えがあり、そばを“むしゃむしゃ”噛んで食べる感じが楽しめる。
会津まで旅をした「高遠そば」~ そばを味わいながら歴史に想いを馳せる ~
ところでこの「高遠そば」、遠く会津まで伝わっていることを、ご存知だろうか。

江戸時代初期、高遠藩主が兄の徳川家光に取り立てられ出世し、会津藩(現在の福島県)に移された際、家臣領民と一緒に高遠そばも名称そのままに伝わった。

 現在、会津では味噌でなく、多くは醤油のつゆ。江戸時代中頃に醤油が開発されたため、食文化もより豊かに発展していったのだろう。それでも「高遠そば」の名称はそのまま、彼の地で受け継がれている。

伊那谷の文化は血脈とともに会津で脈々と連なり、明治に移り変わる時期に起きた戊辰戦争の時、会津白虎隊が自刃した悲劇の話は有名だが、会津の飯森山に墓がある隊士19名のうち11名は、伊藤や池上など、伊那谷の地域でみられる苗字であるという。

 じつはその時、高遠藩は新政府軍に味方して会津藩と戦う側に回っていた。同じ伊那から出た者同士で戦争をしたと考えると、悲劇の歴史に考えさせられる。
~ 高遠そばの満足感は高級料理そのもの ~
上澄みの透き通るそば湯
デザートのそば寒天
3枚のざるそばをぺろりとたいらげ、そば湯を堪能してひと息。そのタイミングでセットになっている黒蜜の寒天デザートが供された。ひんやりプリンのようなとろける食感が絶品。熱いそば茶とぴったりの組み合わせだ。高級懐石のコースにも決して引けを取らない、味わいの豊かさ、満足感。甘味まで味わえて1800円はお値打ちと言えるだろう。以前、福島県からの旅行者の方にこのお店を案内した時、「高遠そばが福島にもあるが、伊那の地名と一緒なのをここに来るまで偶然と思っていた。自分達のルーツを知らない人がたくさんいる。高遠に福島の人達を連れて来たい。」と、喜んでいただけたことが大変印象に残っている。郷土の食文化を通じて人と人の繋がりを実感できるのはなんと素晴らしいことだろう。
高遠から伊那市方面を眺め、中央アルプスを望む
「高遠そば ますや」
住所:長野県伊那市高遠町東高遠1071
TEL:0265-94-5123
営業時間:11:00-14:30ラストオーダー(R3.12.1現在左記の時間に縮小営業中)
定休日:縮小営業に伴い不定休
駐車場:10台
URL:http://massya.com/
*この記事の情報は、令和4年2月現在の情報です。
みんなの体験記ライター
投稿者柳澤和也
年代30代
趣味自転車、バイオリンの練習
自己紹介地元の伊那の会社員です。 好きなことはサイクリング、まだ行ったことのない知らない場所へ出かけることが楽しみです。郷土史に関心があり、地元の観光ボランティアガイドとして案内をする時もあります。 伊那谷は近代日本の礎を築いた偉大な先人を数多く輩出しており、その業績を取り上げ紹介してゆきたい気持ちも強いです。