みんなの体験記
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江戸時代に生まれた伝統芸能「中尾歌舞伎」を守り続ける人々
中尾歌舞伎
「お騒ぎあるな、お騒ぎあるな、お騒ぎあるな」

戦への出陣の際に源義経より与えられた制札をもって、パニック状態に陥った妻の相模と平敦盛の母・藤の方のふたりを取り押さえる熊谷次郎直実。舞台の中央で制札を突き立て見得を切る熊谷に、客席からはお捻りとひときわ大きな拍手が送られます。

これは、2022年4月29日に行われた伊那市長谷の伝統芸能、中尾歌舞伎の定期春季公演『一谷嫩軍記 熊谷陣屋の段』の一幕です。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、春の開催は2年ぶり。賛助会員のみが鑑賞できるという限定的な開催ではありましたが、オンライン配信も行われて、多くのファンに見守られながら第80回目の公演が無事に行われました。
熊谷が、敦盛の身代わりとなった息子の首を義経に差し出す場面。武士道を貫く熊谷の生きざまが伝わってくる、この演目いちばんの見せどころだ。
上伊那唯一の農村歌舞伎が歩んだ歴史は250年以上
1997年に完成した中尾歌舞伎の舞台「中尾座」。こけら落としには十二代目市川團十郎さんが訪れ、人気の高い演目『勧進帳』を演じたという。
中尾歌舞伎が旧長谷村に誕生したのは、江戸時代中期にあたる明和4年(1767年)。旅芸人が訪れ、上中尾の山の神様を祀っている神社の前宮で演じられたのが始まりと言われています。ちなみに、大鹿村や下條村の歌舞伎もちょうど同じ頃に生まれているのが興味深いところです。

その後、江戸時代から明治にかけて盛んに演じられていましたが、戦争によりその伝統が一時途絶えてしまいました。戦後、地域振興の一環としてふたたびその価値にスポットが当たり、昭和61年(1986年)4月29日、40年ほどの空白の期間を経て復活を遂げることになるのです。

その当時、長谷に残っていた中尾歌舞伎の出演経験者は、小松武志氏と西村清典氏のふたりだけ(※ふたりとも現在は故人)。歌舞伎未経験だった集落の若者が中心となり、「中尾歌舞伎保存会」を立ち上げて経験者のふたりに指導を仰いだほか、下條村で三味線を習い、大鹿村からカツラを借りるなどして、初舞台を成功させたそうです。

「最初に演じるには大変な『義経千本桜 鮨屋の段』という演目を選んでしまったこともあり、初舞台はとにかく必死で、わけがわからないまま終わってしまいました」

現・中尾歌舞伎保存会の代表であり、今回の公演の熊谷次郎直実を演じた中村徳彦さんは、当時を振り返ってこう語ってくれました。
開演前の様子。舞台には歌舞伎らしい黒・柿・萌黄色の定式幕が掛かり、客席の横には江戸時代の慶応元年(1865年)に作られたという六歌仙の引き幕が掛けられていた。
中尾歌舞伎は地域の人々の想いで成り立っている
終演後、今回の公演の出演者が集結。初舞台の人も2人いたという。
廻り舞台の上で繰り広げられる迫真の演技を観ているとにわかに信じられませんが、中尾歌舞伎の役者は、市役所職員や市内の民間企業の会社員など、おもに本業を別に持っている地域の人々で構成されています。それだけでなく、化粧や衣装、舞台づくりに至るまで、役者自身や地域の人々の手で行われているそう。

100人近くいる賛助会員も、この中尾歌舞伎の運営に欠かせない存在です。地域の人々の想いや行動があるからこそ、江戸時代中期から続く伝統が、長く在り続けることができるのでしょう。
舞台づくりの様子。中尾歌舞伎は、役者たちが中心となって舞台を作っているそう。
中尾歌舞伎は続けることに意義がある
客席の左側に延びる花道を通って舞台に現れた、熊谷扮する中村さん。悲哀に満ちた熊谷次郎直実を演じ切った。
1986年に復活して以降も、演じ手不足による活動休止、2020年春以降の新型コロナウィルス感染拡大など何度か存続の危機に見舞われた中尾歌舞伎。それでもなお演じ続ける理由とは。中村代表に改めて伺いました。

「中尾歌舞伎は、明治の前の時代から続いている伝統です。戦争で途切れはしましたけど、下手でもなんでも、続けることに意義があると思っています」

この秋11月3日には、子どもたちに中尾歌舞伎の魅力を伝えることを目的として、伊那市内在住の小学生親子先着150組が鑑賞できる、伊那ロータリークラブの特別公演が開催されます。地域の子どもたちが地域の伝統を肌で感じて、この伝統を次世代への繋ぐ担い手となることを願うばかりです。

※2022年11月3日(木) 13時30分~ 伊那ロータリークラブ特別公演
10月3~17日に長谷公民館にて電話予約受付。
※令和4年度 中尾歌舞伎春季定期公演のアーカイブ…伊那ケーブルテレビジョンYouTube公式チャンネル内
https://www.youtube.com/channel/UCo-tzKkflM8pAO2UWZEHFTQ/videos?view=57
みんなの体験記ライター
投稿者松元麻希
年代30代
趣味スキー、ハイキング、パン屋めぐり
自己紹介スキー好きが高じて長野県松本市へ移住。2019年に伊那市地域おこし協力隊になり伊那谷へ。アウトドアアクティビティ全般が好きなので、伊那谷のフィールドとしての魅力を中心に発信していきたいです。