みんなの体験記
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ここでしか出会えない“羽広菜(羽広かぶ)”収穫体験
羽広菜(羽広かぶ)ってどんな野菜だろう
「羽広菜(羽広かぶ、以下「羽広かぶ」)」をご存じでしょうか。

「羽広かぶ」とは、長野県の「信州の伝統野菜」*としても登録されている野菜で、伊那市の“羽広地区”の固有種。葉は野沢菜に似たびわ形で、根部は円錐形で上の部分が赤紫色です。

 伊那谷のなかでも、栽培している地域も少なく、販売している場所も限定されています。11月中旬から12月の初めころに、この地域でしか出会えない野菜です。ただ、地元の人にとっては、馴染みある野菜であり、葉部は漬け菜に、根部は伝承の酒粕と味噌を使った独特の漬け物として食べられてきました。

*「信州の伝統野菜」とは、長野県内で栽培されている野菜のうち、「来歴」「食文化」「品種特性」という3項目について一定の基準を満たしたもので、81種類(2023年1月現在)が選定されています。
羽広菜(羽広かぶ)の収穫体験へ
 伊那市の西の山裾にある「みはらしファーム」では、毎年11月に“羽広菜まつり”が開催されています。『羽広かぶ』と、同じく「信州の伝統野菜」であり、長野県の代表的な漬け菜である『野沢菜』を自分で収穫し、量り売りしてもらうことができます。

 今回は、そんな“羽広菜まつり”の収穫体験を覗いてみました。

 まずは、みはらしファーム公園事務所で受付を済ませ、羽広菜畑の地図を受け取って会場へと移動します。少し迷いながらもなんとか到着。南アルプスの山々と伊那谷の町並みが見渡せる見晴らしのよい場所です。
(毎年同じ畑ではありませんが、このあたりだそうです。)
 この日、畑で対応してくださったのは、みはらしファーム公園事務所の職員、高岡竜哉(たかおかたつや)さん。

優しい口調があたたかな印象の高岡さんの横で、少し様子を見せていただくと、来場された方々は高岡さんのいるテントで受付を済ませ、早速収穫をはじめていました。
 畑の中の収穫する場所は自由。しばらくすると、収穫したものを持った人たちがテントに次々と戻ってきます。テントには、大きな量りが置いてあり、羽広かぶは、1キロ110円、野沢菜は1キロ60円の量り売りです。

 運んでくるかぶの量はみなさん、量りに乗りきらないほどたくさん! 小さなお子さんが、大きな野沢菜を一生懸命運んでお手伝いをしていました。また、お一人で暮らすというおばあさまは、受付で「目がみえねぇし、腰はいてぇし、名前書いてくれ。90歳で畑仕事しとる」とのこと。その年齢に私たちは驚かされました。
 羽広菜まつりに来るお客さんはリピーターも多く、この日も「毎年楽しみにして来ている」「これだけのために高速にのって来るんだ」という声も耳にしました。高岡さんによると、この日、一番遠くから来た人は、山梨県南アルプス市からだそう。高速を使って1時間半ほどでしょうか。

 お客さんもひと段落したところで、私も収穫してみることにしました。はじめてなので、まごまごしていると、先ほどの90歳のおばあさまが「こうやってやるんだ」と教えてくださいました。慣れた手つきで土からかぶを抜くと、持っていた包丁で葉を落としていきます。自分でもやってみると、案外簡単に土からかぶが抜けます。もっと力がいるのかと思いましたがすぽすぽと気持ちよく抜けるので、楽しくてどんどん進んでいってしまうほどでした。
 さて、収穫したものの、どうやって食べたらいいものかが分からず、質問してみました。「諏訪から高速に乗ってきた」というご夫婦は、「塩水につけといて、味噌と粕と砂糖で漬ける」。高岡さんは、「個人的に好きなのは、薄めに切って浅漬けのもとで。」90歳のおばあさまは、「昔は奈良漬けだったけど、今はずく*がなくて…らっきょう酢で漬けちゃうもんで…今は即席があるもんで。」と。(*ずくとは…根気、やる気、気力という意味の方言)

 そうこうしているうちに、まつり終了の時間が近づいてきました。90歳のおばあさまは、近所のお友達と合流して、畑の土手に腰掛け、話に花が咲いています。たまにそこに高岡さんが参加します。最後には、おばあさまからの差し入れをいただく高岡さんと私。おばあさまとお友達は、電動カートに乗って、仙丈ケ岳を正面にみながら、坂を下っていきました。

 1年に一回の恒例行事の風景がそこにはありました。
「お菜洗い場」利用の体験も可能
 みはらしファームには温泉スタンドがあります。11月中旬から12月はじめ頃までの期間には、“お菜洗い場”という温泉で野菜を洗う場所が作られます。伊那谷では、各地に見られる冬の風物詩です。
 羽広菜まつりで収穫した人は、無料で“お菜洗い場”を使うことができます。

 みはらしファームに戻り、カブと葉を思いっきり洗いました。温泉なので温かく、手が冷たくなることもありません。使い終わったあとは、汚れがないようにきれいに掃除をして終了です。そこまでが、“お菜洗い場”を使うルールです。
漬けるコツは「毎年続けて、『家の味』をみつけること」
 みはらしファームには、漬物名人と呼ばれる人たちがいます。羽広菜生産加工組合のみなさんです。羽広菜生産加工組合とは、平成4年より、羽広菜の再興を目的に設立され、種の採種から栽培、加工、販売までを担っています。現在の組合員は、5名の女性。加工の時期は、ほかに3名が手伝いに来て、みなさんで、“おいしくなーれ、おいしくなーれ”と愛情を込めてつくっているそうです。組合長の西村かほるさんは、長年経理を担当していたのですが、2年ほど前に、設立当初からけん引してきた前の組合長から引き継ぎました。
 組合員の減少や高齢化の課題に対して「とにかく途絶えないこと」と話します。「育てるのは羽広じゃないとうまく育たないけれど、他の地域の人でも、加工の時期だけでも、若い人でやってくれる人がいれば…」という話もお聞きしました。

 ここから、漬け方のコツの部分を聞いた様子です。

西村さん「昔はね、それぞれの家で栽培して、漬けてね、地元の人で楽しむ野菜だったんだよね。漬物小屋があったりしてね。」
筆者「漬物小屋ですか!すごいですね。どうやって食べるのがおすすめですか?」

西村さん「本漬けと浅漬け。本漬けっていうのは、味噌と粕と砂糖と塩で漬けてね。粕の替りにこぬかで漬ける人もいます。漬けて2週間から1ヶ月で味がしみる。浅漬かりなら2週間。しっかりなら1ヶ月。分量は、一回漬けてみて、毎年漬けてみて、各家の好みに合うようにどんどん試していくんだね。それぞれのお家で味が違うでね。最近は、塩分控えめにしたり、現代風に味も変わってきてるね。」
筆者「そもそも、どんな大きさのものを収穫するのがよかったのでしょうか」

西村さん「かぶの大きさは、葉の生え際のふた周り以上くらい。大きくなりすぎると中がすかすかになったりするからね。漬けるときは、半分に切って、根をとって…皮はほとんどむかないで削る。こんな感じにね。」
 組合で作っている「羽広菜のかぶ漬け」は、みはらしファームの売店のほかに、地元のスーパーで販売しています。きっと、“おいしくなーれ”の愛情がたっぷり入っていますね。
自宅で手軽にみそ漬けに
(キャプション)私はいちょう切りにしましたが、地元の方は縦切りにするそうです。
 見晴らしのいい羽広菜畑で、南アルプスを眺めながら、寒くなってきた空気の中、太陽を浴びて収穫をして、地元の人やリピーターさんと触れ合い、家へ帰ってから自分で漬けものをつくり、おいしく食べるところまで、トータルで楽しめる羽広菜まつり。ここでしか出会えない野菜という特別感もあります。一度、体験に来たら、冬のはじまりの恒例行事になるかもしれません。みなさんもぜひ、長靴と包丁を持って、訪ねてみてください。(※包丁は数本貸出もあります。)
○はびろ農業公園 みはらしファーム
中央自動車道伊那インターから約3km、車で5分程度(インター料金所出て右折)
長野県伊那市西箕輪3416-1

はびろ農業公園「みはらしファーム」公園事務所
TEL 0265-74-1807
HP:https://miharashi-farm.com
Email:miharasi@dia.janis.or.jp

*令和5年2月現在の情報です。
みんなの体験記ライター
投稿者太田清美
年代40代
趣味自然の中にいること、町歩き、畑仕事、季節の手仕事
自己紹介2020年4月、名古屋から箕輪町へ。自然の近くで、季節を感じながら、山々を眺めたり、野菜づくりをしたり、自分の暮らしのカタチを追いかけています。伊那谷の風景、営み、人、文化、一つ一つを味わっているところです。体感したことをいろんな人たちと共有していけると嬉しいです。