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泊まろう、伊那谷。
「伊那谷カルチャーの交差点、 “民家一棟貸しの宿”に泊まる」編
食、映画、アート……。多様な伊那谷人が集う、文化の“複合施設”
きっと誰しも一度は、想像したことがあると思う。
高速道路を走る道中や、電車の車窓から景色を眺めて、「こんなところにも人の暮らしがあるんだな」「どんな暮らしなんだろう」と。
伊那谷で、思い切ってその「どんなところ?」な場所に降り立ち、土地の文化や暮らしに触れる旅をはじめたくなったら、拠点はたとえば「赤石商店」はどうだろう。

中央自動車道伊那インターを降り、車で約20分ほど。
「赤石商店」は人口6万7千人の街・伊那市の中心部から少し離れた集落のなかに、まぎれるようにしてある。
2016年にオープンしたここは現在一棟貸しの宿であり、シェアキッチン、シネマスタジオ、ギャラリーの顔も持つ。ゆったりとした田舎の民家の敷地を存分に活用した、“文化の複合施設”だ。
シェアキッチンには、ランチタイムに南インドカレー、ジビエ料理、ハンバーガーなど日替わりで個性豊かなメニューが楽しめる。シネマスタジオで上映される作品は、気になる良作・珍作・問題作ぞろい。ギャラリーでは、店主やこの土地にゆかりのある作家が不定期に展示を行っており、作家が在廊することも。また、ギャラリーオープン時のみ開かれる「貸本コーナー」は、その品揃えの充実ぶりから常連客の間で密かな人気となっている、など、など。

流れる空気はあくまでものどかで、穏やか。まさに伊那谷的と言える時間の流れが心地よい場なのだけれど、その中身は変幻自在、縦横無尽にあらゆる文化の発露を受け止める、“複合施設”と呼ぶにふさわしい場所となっている。
……と、そんなふうに聞くと、主人はさぞやエッジの効いた、とっつきにくい個性派なのではと身構えてしまうかもしれない。

大丈夫、ご安心いただきたい。
宿の主である埋橋智徳さん、幸希さん夫妻は、赤石商店の玄関で風に揺れているのれんみたいに飄々と、あるがままに、訪れる人を迎え入れている。ここだけの話、にぎわっているときほど「流れに身を任せる」みたいにしてそこにいるから、いったい誰が店主なのかわからなくなってしまうほど、たおやかなお二人なのだ。
ゲストハウスから、ゆったり一棟貸し宿へ。サウナも近日完成予定!
さて、ここでお宿の紹介を。シェアキッチンのある母屋全体が、赤石商店の宿泊棟となっている。
昼間は映画にランチにとにぎわう赤石商店だが、チェックインの午後4時をすぎるころには静かな田舎の一軒家の顔となり、地域に溶け込む “暮らすような滞在”を叶えてくれる。

昨年までハイシーズンはゲストハウスとして運営していたため、寝室にはドミトリータイプのベッドが2部屋にたっぷり10名分。加えて和室8畳と、12畳ほどある大広間に布団を敷いてゴロ寝も可能だ。
浴室としては、現在シャワールームが2つ。加えて「湯船を希望するお客様の斜め上をいく展開に」(智徳さん)と薪サウナ室と薪風呂を建設中で、もうすぐ完成予定だという。
キッチンとリビングは、昼の間シェアキッチンとなっているスペースも自由に使えるから、みんなで料理をつくるもよし、外食後に集まってだらだらと話し続けるもよし。
とにかくぜいたくに空間を使うことができるのは、この宿の大きな魅力だと思う。

「食材の買い出しには、同じ伊那市内の『グリーンファーム』さんをおすすめしています。地元の野菜やフルーツから蜂の子まで、豊富な品揃えを眺めているだけでも楽しい産直市場です」
では、地元民が知らない「夜の赤石商店」には、どのような人が集っているのだろう。

「ゲストハウスとして運営していたころは、日本を縦断する海外からのバックパッカーや、全国をめぐりながら移住先を探す人などが多かったですね。あとは、地方でのイベントの途中に立ち寄る作家さんや映画関係者、ミュージシャンの方もいたり。ここで映画館を開くことになったのも、3連泊してくださった映画監督さんのアドバイスがきっかけだったんです。

一棟貸しのみになってからは、時節柄もありご家族での利用が中心になりました。でも、変わらず『移住先を探しています』という方が多いのは、当初は予想していなかったことでした」(智徳さん)

事実、赤石商店への宿泊をきっかけに、この地への移住を果たした人は多い。それはもちろん、埋橋夫妻が親身に話を聞き、情報提供をした功績がとても大きいだろう。
加えてそもそも、この宿に泊まることですでに、訪れた人は伊那谷という場所で暮らす感触、のようなものを掴み、ぼんやりと描いていた移住の願いに現実の輪郭をもたせることができるのではないだろうか。

日が暮れて、夜が来て、朝になって。
ゆっくりと移ろう伊那谷の時間に身を任せて、サンダルをつっかけて庭を歩いたり、ビールを買いに近くのコンビニへでかけたり。そんな時間は旅人を少しの間だけ「暮らす人」に変え、土地との距離感をぐっと近くしてくれる。
あらゆる“きっかけ”としての商店に
高校を卒業後、父に背中を押されるように伊那谷を出て、東京での暮らしをはじめた幸希さん。岡山県に生まれ、大阪の大学を卒業し、富山県で大手CDショップに勤務する日々を経て、東京にたどりついた智徳さん。
二人は、それぞれの生活の一部であった「音楽」を通じて出会った。
そして東京を離れ、ここ伊那谷で新しい暮らしを紡ごうと決めた。
幸希さんは、当時の思いをこう話す。

「東京で、音楽を通じて本当にたくさんの友達ができたんですよね。年齢も、性別も、出身も違う人たちが垣根なく友だちになれるツールが音楽だった。そういう出会いを東京だけのものにしてしまうのはもったいない、そんな気持ちもあって、ここで宿をやろうと思ったんです。

でも、ものすごくこだわった場所にするつもりはなくて。赤石商店は、気楽に来られてうっかり気になる何かに出合ったりできる、『きっかけづくり』ぐらいがちょうどいいのかなと思うんですよね」

それを聞いた智徳さんも笑いながら、

「むしろ、きっかけ以上のことは、できないんですよ僕たち。

たとえばこのシェアキッチンも、最初は『静かな空間に音楽を流して、みんなが読書してるような食堂に……』なんて思っていたのに、ふたを開けてみたらちょうどオープンと同時期にうちに子どもが産まれて、おんぶして仕事していたら、いつの間にか赤ちゃん連れでにぎわう店になって(笑)」

「なかでもうちが、一番うるさかった、っていう(笑)」

「そうそう。そのあたりから『こだわらない、ということにこだわろう』というのをテーマにしているところがあります。

それは場所づくりに対してだけでなく、来てくれる人に対しても。いっとき足繁くここに来て移住について相談されていた人が、ふと来なくなったのに気づいて『ああ、いいところ見つかったのかな』とか。
シェアキッチンに立つメンバーも、ギャラリーの使い方も、この5年でずいぶん変わっています。それでいいと思っているんです。なにかがはじまる一つのきっかけになるのが、僕たちにきる役割なのかな、と」

ひとこと付け加えさせてもらえれば、きっとここの場所でできることは無限にある。
それこそ、二人ならありとあらゆる「きっかけ」を生み出すことができるだろう。でも、「それをここで、自分たちがやるべきことなのか」に、二人はいつも向き合っている。それが赤石商店で出合う「きっかけ」の鮮度、純度、みたいなものを確実に高めている。
だから訪れるたびに違う場の空気に出逢えるし、違う人との出逢いが待っている。
そしてここで何度も顔を合わせる人とは、いつしか運命のようなつながりさえ感じてしまうようになる。「あの人来たかな」「この企画は私のためのもの」なんて思いながら、折に触れいそいそと出かけたくなってしまうのだ。自分だけのタイミングで。

気抜けて、洒脱で、まっすぐな、赤石商店。

本当に、場はそこを司る人を表していると思う。
赤石商店
<住所>長野県伊那市東春近22-5
<受付時間>チェックイン16:00~22:00、チェックアウト10:00 ※時間外についても相談可
<宿泊料金>1日1組 18000円~(1名から3名の場合。4名以上は年齢に応じた追加料金に)
<設備>無線LAN、ロッカー、キッチン、洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、電子レンジ、シャワーユニット、自転車など
<ウェブサイト>http://akaishi-shouten.com