泊まろう、伊那谷。
「標高1445m。自然を肌で感じる、絶景の山頂キャンプ場に泊まる」編
標高1445メートル。 山上の絶景キャンプ場へ
その山の頂に立つと、誰もがはっと息をのむ。わあっと、思わず声が出る──。
眼前には中央アルプス、その下にはゆったりと蛇行しながら流れる天竜川。連なる田畑や家々の向こうに目をこらせば、高速道路を滑るように走る自動車の列も。
大きな自然の懐に抱かれ、重ねられてきた伊那谷の人々の暮らしをまるごと、鳥になって見渡しているような陣馬形山からの眺望は、見る人の胸に迫り、神聖ささえ感じてしまう。
長野県南部、上伊那郡中川村。標高1445メートルの「絶景の山」として知られる陣馬形山は、この圧倒的な景観と、頂上まで自家用車やバイクで辿り着けるアクセスの良さが話題となり、今や長野県屈指の絶景スポットとして、多くの人が知るところとなっている。
この特別な場所でのキャンプステイを叶えるのが、「陣馬形山キャンプ場」。
現在の基礎となる野営場の誕生は、じつに約90年前に遡る。そこから長く、村が運営する無料のキャンプ場として開放された年月を経て2021年5月、有料のキャンプ場として再スタートを果たしたばかりだ。
地元青年会が切り開いた、誕生当時の陣馬形山キャンプ場(野営場)と山小屋のようす
予約不要、かつ無料だった公設のキャンプ場は、有料化によってどのように変わったのだろう。
収益のためにキャンプサイトを増やした?
答えは、その逆。
場内全体のサイト数を最大18張に限定し、1組あたりの人数も上限5名までに設定。高山の自然に向き合い、ゆったりとキャンプステイの時間が味わえる場所となったのだ。
消費するキャンプから、 自然を敬い、守るキャンプへ
運営のバトンを受け取ったのは「陣馬形DMCプロジェクト」。これまで村の観光拠点となる宿を運営してきた中川観光開発(株)と、既に村内で四徳温泉キャンプ場のリノベーションなど、観光による地域課題解決を手がけてきたWaqua(わくわ)合同会社が、コラボレーションにより設立し、運営チームには、地域おこし協力隊、村在住のクリエイター、地元の集落の若手や、山やアウトドアを愛する住民たちがメンバーとして加わった。
Waqua代表を務める久保田雄大さんは、リニューアルへの想いを、こんな風に話してくれた。
「陣馬形山は、昔から村の人達の愛着のこもった場所でもあり、また、僕たちが暮らす中川村の生活、生き物全体を潤す水源の森でもあります。
だから、訪れてくれるお客様とともに、『この環境を壊さず、守りながら、まるごと未来に手渡せるキャンプ場にしていく』というのが、運営する僕たちの一番の役割だと思っています」
Waqua合同会社・久保田雄大さん
じつは、キャンプ場有料化の背景には近年、SNSなどを通じて人気が一気に高まったことで生じていた、キャンプサイトの混雑化=オーバーツーリズムという課題があった。
週末や連休ごとにキャンプ場にキャンパーが押し寄せた結果、施設のキャパシティを超え、来場者の「体験のクオリティ」が著しく低下していた。また、地域集落の方への聞き取りを実施した結果、山上へ駆け上がる車やバイクの騒音や、放置されるゴミの問題など、オーバーツーリズムによる住民や環境への負荷の現状を把握することもできた。
2019年11月週末のようす。テントが無秩序にひしめきあっていた
そうして導き出したミッションが、「見えない繋がりとともに『在る』こと」。
これには2つの意味がある。陣馬形山が本来持つ魅力である「絶景の中で大自然と繋がる感覚」を得られるための場づくりを一番大切にすること。そして、その土地の環境や住民など、「観光客からは見えない」ものとの繋がりをあえて意識してもらう運営をすることだ。
環境に負荷をかけないアウトドアスキルの啓蒙プログラムである「Leave no trace™️」を導入し、環境だけでなく、キャンプ場で共に過ごす他の利用者への配慮や、山頂へ行く道中の配慮ある走行も、利用客に呼びかけている。
そうした「この場所を大切にする気持ち」を来客者の皆さんと共有した結果、満足度は無料の時よりも向上している、と久保田さん。
「めざす方向に迷いはありませんでしたが、有料化することそのものに抵抗を示す常連のお客さまもいるかもしれない、との不安はありました。けれどふたを開けてみたら、聞こえてくるのは『この場所は好きだったけれど近年の混雑ぶりに足が遠のいていた。有料の予約制にしてくれてありがとう』という声でした。
無料開放の時代にあったという、利用者同士のテントスペースをめぐるトラブルもなし。チェックイン時間が決まっていることで、場所取りのための早朝・深夜の走行もなくなるなど、少しずつ成果は出ていると感じています」
厳しい自然がひととき見せる 圧倒的な美しさに、胸打たれて
さて、私たちがキャンプ場を訪れたのは、午後2時すぎ。チェックインを終え、すでにテントを張ってリラックスするキャンパーの姿があちこちに見えた。
山の斜面の段ごとに分かれる「360」「空」「森」の3つのサイトを案内してくれたのは、スタッフの秋山祐毅さんと、中島三希子さん。
陣馬形山キャンプ場スタッフの中島三希子さんと、秋山祐毅さん。
大手アパレル会社で接客をしていた経験をもつ中島さんは、持ち前の明るさで来客者をなごませるキャンプ場のムードメーカー。愛知県出身で、結婚を機に中川村に来た彼女だが、アウトドア好きの父に連れられ毎週末のようにキャンプを楽しんでいた日々が、幼少期の原風景の一つなのだという。
「現在人気のサイトはやっぱり、絶景が一望できる「360」。でも、一段下の「空」なら水場に近いという便利さがありますし、さらに奥にある「森」はプライベート感のある落ち着いた雰囲気楽しめる。それぞれに魅力があるんです。徐々に『自分はここ』と、お客様のお気に入りの場所ができてくれたらうれしいです」(中島さん)
秋山さんは、大学院で建築を学びながら世界を旅し、「絶景コンサルタント」として活動してきた経験を生かし、場内全体のプロデュースをけん引。登山者の安全を守る場所として設置されていた避難小屋「陣馬形山荘」のリノベーションの設計・施工も、秋山さんの手によるものだ。
「本当はまだまだ、手を入れたいところもあるんですが、予算と時間の都合で今は、こんな感じです」
そう控えめに話すけれど、立ち寄りやすさも使い勝手も向上した避難小屋は、日帰りでここを訪れる村民にも大好評。キャンプ客の応対だけでなく、村の自家焙煎コーヒー、ジュース、菓子、オリジナルグッズ等を販売し、あらゆる来訪者の憩いの場となっている。
さて、ドリップコーヒーを手に、しばし休憩……と、窓の外を見ると、なにやら怪しい雨雲が。気づけばキャンプ場上空には暗雲が立ち込め、ザッとスコールのような雨だ。あれよという間に、すぐ近くにバリバリ!と雷の音も。数名のキャンパーたちが、レインウェアを羽織って駆け込んでくる。
雷鳴も聞こえ、小屋の中に緊張した空気が走る。しかし、秋山さんと中島さんは慣れた様子で、小屋に逃げ込んだキャンパーたちを誘導する。
「天気予報を見て、大きく天候が崩れそうなときはキャンプ場閉鎖の判断をする日もありますが、そうでない日も一時的に、こんな風に荒れることがあるんです。」(中島さん)
なるほど、あまりの心地よさに忘れていたが、ここは山の上。
そういえば陣馬形山キャンプ場ウェブサイトにも、こんな言葉が記されていたことを思い出した。
標高1445M、高地の厳しい自然とともにあるキャンプ場/公園です。
(陣馬形山キャンプ場HPより)
「本来、このロケーションでのキャンプは、自分で身を守れる中上級キャンパー向けのもの。だから私たちも『手ぶらでお気軽に』というような打ち出しはせず、テント等のレンタルもあえて行っていないんです。その代わり、いざ困ったときの手助けには応じられるよう、丈夫なペグやロープ、焚き火用の難燃シートなどの無料レンタルは行っています。」(秋山さん)
キャンプブームの広がりとともに、街の暮らしと同じようになんでも揃う、なんでも快適にできるキャンプ場の設備やサービスは、もはや一般的なものになりつつある。
陣馬形山での滞在は、そうしたものとは一線を画し、趣を異にする体験となるのかもしれない。
ありのままの自然を受け止めて味わい尽くす、絶景キャンプ。
それは人生の折々に思い出す、忘れられない旅になりそうだ。
初夏のある日、山頂から見えた、「天使の梯子」(撮影:市瀬昇さん)
陣馬形山キャンプ場
booking ページ
https://camprsv.com/12246/rsv_lis<住所>長野県上伊那郡中川村大草1636
<受付時間>チェックイン13:00~17:00、チェックアウト12:00
<宿泊料金>ソロキャンプ1,500円~、グループキャンプ(1サイト5名まで)2,000円~(別途入場料1,000円)
<ウェブサイト>
https://jinbagata.life/
https://Instagram @jinbagatayama_officialtwitter @jinbagata