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伊那谷、多様な桜をナビゲート
姿・色合い・風情……桜、さまざま
春の伊那谷、桜が花の波となって一挙に押し寄せてきます。時期は東京・名古屋などよりもかなり遅め。年にもよりますが、上野公園の桜が散る頃になると伊那谷の桜が花を開き始めるという感じです。

サクラの名所は多数あります。代表格はなんと言っても「日本三大桜」の一つ、高遠城址公園(伊那市高遠町)。戦国の時代から続いた城跡を丸々ピンク色に染め上げる桜園は見事です。名刹光前寺(駒ヶ根市)の参道入口にそびえる枝垂桜も、古くより名が知られたさくらスポット。どちらも遠来からのお客様が詰めかけます。高遠城址と光前寺の桜を見たことがない方はぜひ一度訪ねてください。



でも伊那谷の桜は、ほかにも、まだまだたくさんあります。天竜川やその支流の堤防に続く桜並木、学校や公民館を囲んで咲き誇る桜のかたまり、田畑の中にすっくと立つ孤高の一本桜……など、様々な風情の桜が伊那谷のあちらこちらにあり、それぞれのドラマを秘めてそこで咲いています。



種類は、一般的なソメイヨシノ、また高遠に近いこともあり高遠城址公園で生まれたタカトオコヒガンサクラなどが多いですが、ヤエザクラ・ヤマザクラ・ミヤマザクラ等多くの種類が見られます。

濃いピンク色のタカトオコヒガンサクラ、色が薄くやや緑がかって見えることもあるヤマザクラなど、色合いや風情も様々。でも、どの桜も、短い春を惜しむかのように先を先を急いで咲いて、散ります。

今年の春は、伊那谷を訪ねて、様々な桜・さくら・サクラを味わってみてください。
咲き乱れる桜の回廊=お花見ポイント1
「天下第一の桜」-このように自ら宣言した石碑が立っている伊那市高遠町の高遠城址公園は、やはり伊那谷では一度と言わず何度も訪ねてみたいお花見ポイントです。1500本もの桜が咲き乱れる様は、「みごと!」としか表現しようがありません。桜の種類は、高遠城址で生まれ育ったタカトオコヒガンサクラで、東京の上野公園や千鳥ヶ淵など有名お花見スポットの桜に比べて濃いピンク色の花が特徴です。公園内は一帯、桜の花が天井のように連なっており、まるで桜の回廊のよう。お花見の時期には各種イベントや出店も用意されており、信州の遅い春を満喫できるスポットです。
数100本の桜が身を寄せ合い競うように咲き乱れるお花見ポイントの公園は、高遠城址公園の他にも。荒神山スポーツ公園(辰野町)、春日城址公園(伊那市)、伊那公園(伊那市)、北の城公園(宮田村)、馬見塚公園(駒ヶ根市)、千人塚公園(飯島町)、与田切公園(飯島町)、大草城址公園(中川村)など、各市町村にあります。
暮らしに寄り添う桜=お花見ポイント2
@伊那市観光協会
お花見にうってつけの〝桜公園〟パターンに以外にも、趣の深い桜を楽しめるのが伊那谷の春の特徴かもしれません。趣の深い桜の代表格は、先にも触れた光前寺(駒ヶ根市)の枝垂桜。仁王門から大講堂付近を中心に70本もの枝垂桜が植えられています。光前寺は貞観2年(西暦860年)開闢、1100年以上の歴史を持つ天台宗の名刹で、古くから南信州一のお寺として人々の信仰の地となってきたところです。ここの枝垂桜は光前寺の歴代ご住職や檀家の皆さんが植えて世話をしてきたものですが、それは、自分たちの心を拠り所の地を、尊び、敬い、花で飾ろうという地域の人々の気持ちが集まったものです。こうした深い思いが趣の深い桜の風景を創り出しているのかもしれません。

このような人々の地域を愛おしむ気持ちから作られた桜のスポットは、実は、神社仏閣だけでなく、学校・公民館・役所・橋・堤防、伊那谷のいたるところに見つけた出すことができます。例えば伊那谷南端の中川村で天竜川両側の断崖をつなぐようにかかる坂戸橋は、春になると、災害が少ないことを願って地域の人々が植えた優しい桜の花に包みこまれます。

伊那市長谷の美和ダムのほとりには、ダム湖に沈んだ故郷の田畑を懐かしむかのように、周遊路に沿って長い桜並木が続いているし、同じく伊那市青島の三峰川堤防沿いには、かつて水害を防ぐために堤防の強度を増すことを目指して植えられていた桜並木が、地域の住民や小学生の力で復活され、春の景色にみごとな彩を添えています。

このような桜並木は、ほかにも数多くあり、ウォーキングやサイクリングと合わせて楽しめるアクティビティー型のお花見スポットにもなっています。
孤高の一本桜=お花見ポイント3
伊那谷でもう一つ別の趣のお花見ポイントは、これもまた各地域に必ず一本はある、「一本桜」と呼ばれる、一本だけすっくと立っている桜の木です。威風堂々、しっかりと根を張った太い幹を持ち、たわわに花がついた枝を大きく広げているものもあれば、部分的に枯れたり裂けたりしている古木で、静かに、まさにそれを見るために訪ねてきてくれた人にしか分からないように咲いている桜もあります。

その「一本桜」にも必ずストーリーがあり、その地域の人々が、孫や子に口伝えのようにストーリーを教えていることが多いです。
中曽根の権現桜
例えば、箕輪町中曽根の「権現桜」は、樹齢1000年と言われ、普通のピンクの花がつく枝とやや白い花がつく枝を持つ不思議な桜です。根元には小さな祠があり、そこに権現様が祭られているのでこの名がついています。地元には、平安時代、まだ原野だったこの地に山中から流れてきた桜の種が根を生やして定着したもので、その後、この地域の開拓にあたって開拓民の心のよりどころとなった桜だったとの伝承があります。



南箕輪村北殿には「北殿のエドヒガン桜」と呼ばれる一本桜があります。旧伊那街道の街道筋にあたるところで、根元に6基の庚申塔が建っています。庚申塔とは、古くから、地域の繁栄と安定を祈って続けられてきた祭事の名残で、6基の塔のうち天文5年(1740年)と記されている塔が建てられた時に、併せてこの桜も植えられたと語り継がれる、地域の守り神のような桜なのです。もっともバブル期以前に南箕輪村界隈に暮らした人々には、こうした由緒よりも、この桜の木の横にローメンが美味しい「南中食堂」があったことから、「なんちゅう食堂の桜」の方が有名かもしれません。
その他にも、伊那市伊那部の段丘の上にある、当地の医師で俳人・儒家でもあった中村伯先が自ら植えたと伝わる「伯先桜」。その伯先桜と一対にして、天竜川が氾濫して田畑の線引きが分からなくなった時に測量の目印とされた「見通し桜」などもあります。

こんな「一本桜」をそこに込められたストーリーと共に訪ねて歩くのは、まさに、大人の春の楽しみ方かもしれませんね。