ソースカツ丼 伊那谷の女性も食べ歩く!地元かつ丼
伊那谷が誇る「完全食」
伊那谷の飲食店で普通に「かつ丼」を頼めば、出てくるのはソースかつ丼です。丼に白いご飯、千切りキャベツ、その上に揚げたてのとんかつをこだわりのソースに浸してたっぷり乗せた、ガッツリ系の食べ物です。ソースや揚げ油の配合は店によって違いますが、ソースかつ丼という料理の基本形はスッキリこれ一本。揚げ油の香ばしい香りが食欲をそそり、カツにガブっと食らいつけば肉汁とソースがジュワッと口内に広がります。キャベツやごはんにもソースの味が浸み込み、これ一杯で十分満足できる伊那谷が誇る「完全食」です。
「ふた」を駆使する定番の食べ方
伊那谷の「外食」の特徴は量が多いこと。ソースかつ丼はその代表例で、特別の大盛で行列ができるお店(複数あり)でなくても、ほとんどどのお店で丼のふたが閉まらないか、はじめから閉めるのをあきらめて横に置かれているか…そんな感じでテーブルに運ばれてきます。
「ふたの意味がないのでは?」とおっしゃるなかれ。ふたは重要アイテムなのです。丼からこぼれ落ちそうなカツや千切りキャベツを、部分的にこのふたに取り分けて、丼上層部にカツの隙間をつくらないととても食べにくい。カツと一緒にごはんを食べようとしても、はしがカツにブロックされてごはんまで届かないのです。だから隙間をつくることが不可欠なのです。ソースをたっぷりかけたい方も、同じように隙間を作ってソースを追加します。
「卵とじのかつ丼に驚いた!」という定番の会話
ソースかつ丼を食べる時、伊那谷の人がたびたび口にするのは「東京に行ってかつ丼を頼んだら卵とじのかつ丼が出てきて、『こんなの頼んでいない!』と驚いた」という話。ある程度のご年齢の方なら一度は言ったことがあるだろうというくらいの話で、特に、遠方からのお客さんを案内している場面などではマストな会話です。
現在では伊那谷の多くの食堂で「卵とじのかつ丼」も出していますから、それを「知らなかった」というのは都市(田舎?)伝説の類。おそらく中央自動車道が全線開通して伊那谷と首都圏が車で結ばれた1982年より前の時代には、実際にあったことだと思われます。しかし、この手の話はもうレジェンド化し、伊那谷の若い世代でこういう話をする人は、おそらくお父さんやおじいさんから聞いた昔話を自分の経験のように話しているという感じではないでしょうか?
食べ歩きの定番コース
伊那谷のほとんどの食堂でソースかつ丼は食べられます。各市町村の中心街にはほぼどこでもソースかつ丼を提供してくれるお店がありますから、観光でもお仕事でも、気楽に立ち寄って食べることができますが、駒ケ根市の「元祖」は昭和伊南病院西の広域農道を南に少し行った「喜楽」、伊那市の「元祖」は信州大学農学部近くの「青い塔」(現在南箕輪村)と言われています。
伊那谷のソースかつ丼を全国区に押し上げるために、先陣を切って全国各地に出向きソースかつ丼を販売してくれた「明治亭」は、駒ケ根市の中央自動車道駒ケ根インターアクセスに2店舗。知る人ぞ知る「タイガー食堂」(辰野町)、「まつくぼ」(辰野町)、「志をじ」(伊那市)、「田村食堂」(伊那市)…固有名詞をあげていくと、とてもキリがありませんね。掲載しきれなかったお店の皆さん、ご容赦ください。
この時代、伊那谷でソースかつ丼を食べ歩くのにも、自動車があった方が便利。遠方から電車や高速バスで来られた方には街中のお店がお勧めです。でも、有名店で列を作って待っていると、駅からタクシーに乗って郊外の店に来られる観光客の方もそれなりにおられます。
(文・写真:産直新聞社)