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「酒文化いたや」に聞く 信州伊那谷の地酒
酒の美味しさを決めるのは、水と米と言われていますが、南アルプスと中央アルプスに囲まれ、山々からの伏流水が豊富なここ伊那谷には、美味しい水と美味しい米の両方が揃っています。
そんな伊那谷にある7つの酒蔵と、そこで作り出される酒について、ご紹介します。
きき酒師 中村修治さんに聞く
伊那谷の酒について解説していただくのは、伊那市で、他に類を見ないほど多くの地酒を取り扱う酒屋「酒文化いたや」の中村修治さん。日本酒のソムリエ「利き酒師」の資格も持っており、伊那谷の情報誌上で毎週地酒の紹介をするなど、幅広く活躍されています。

「酒は、地元の米と水を使ったその地域の特産物と思っています」と中村さん。オーナーになった当初は、県外のお酒も集めてみたりしたそうですが、「地域に根付いてこそ本当の意味で地酒になるんだ」と思うに至り、だんだんと地元中心の品揃えをされるようになったのだとか。同店に並ぶ豊富な地酒を求めて、県外からのお客様も多いといいます。
伊那谷の地酒
それぞれの酒蔵について聞く前に、伊那谷のお酒全体にいえる特徴があるのか尋ねてみると、こんな答えが。

「伊那谷には、身体を動かす百姓が多いことから、漬物など、味の濃い食べ物が多く、それに合わせる酒も、その味に負けない味の濃いものが多く造られてきました」
その地域の文化や風習と、酒の味は密接に結びついているんですね。

続いて、伊那谷の7つの蔵で出している酒について、中村さんおすすめの銘柄を紹介していただきながら、それぞれの蔵についても教えていただきました。
宮島酒店(伊那市)
【斬九郎 新酒しぼりたて】
斬九郎(信濃錦)
一口飲むと、できたての炭酸ガスがからんで、爽やかな味わいが広がります。
「甘くないので、魚や刺し身と合わせるのも良いんじゃないでしょうか」(中村さん)

蔵元の宮島酒店は、昭和 42 年に、日本で初めて全製品を防腐剤無添加で造った酒蔵です。「美味と安心」を酒造理念に、原料米にこだわって低農薬・無農薬原料米の契約栽培にも力を入れており、平成 18 年からはすべての仕込みを純米醸造酒としています。
宮島酒店
春日酒造(伊那市)
【井の頭 純米ひやおろし】
井の頭
銘柄にある「井」の字は、井戸=水を指しているそうで、「水の頭」=最良の水が湧き出る場所という意味を持つのだそうです。原料米には、信州で生まれた酒米「美山錦」、「ひとごこち」を使用しています。
優しい飲み口で、「蔵元の性格を表しているかのような味ですね」と中村さん。創業 90 年、ご兄弟二人で酒造りを営まれているそうです。
「料理に合わせるなら、そばやうどん、麺類かな」(中村さん)
春日酒造
大國醸造(伊那市)
【大國 純米】
大國
こちらはフルーツのような香りの良さ。普段日本酒を飲まない人でも、飲みやすいお味ではないでしょうか。

蔵元の大國醸造では、ほぼ一人で酒造りが行われているため、生産量・流通量ともに非常に少ない希少なお酒なのだとか。そのほとんどが、蔵元直売によって消費されているそうです。
「魚料理、バターで焼いた白身魚なんかに合いそうですね」(中村さん)
大國醸造
米澤酒造(上伊那郡中川村)
【今錦 しぼりたて生原酒】
今錦
飲み口すっきりで、クセのない上品な味わい。あとから良い香りとぬくもりが口に広がります。

もろみを圧縮する工程において、機械を使った製法が主流になる中で、米澤酒造では、現在も酒槽さかぶね(伝統的な酒絞りの道具で、船の平底に似ているところからそう呼ばれる)を使って絞る昔ながらの技法が用いられています。こうすることにより「機械を使うよりも、圧がゆるくかかるため、柔らかい酒になります」と教えてくれました。
米澤酒造
仙醸(伊那市高遠町)
【黒松仙醸 純米大吟醸】
黒松仙醸
とろっとして甘い飲み口に、舌の上がほわんとした感じになります。甘みは、あとに残る甘さではなく、きれいになくなるさっぱりした甘みです。

蔵元の仙醸は、伊那市は高遠、高遠城址公園のすぐ近くに位置しています。同公園で行われる桜まつりや紅葉まつり、高遠城下で行われる灯籠まつりなどの際には、築100年を越える本社蔵を地域に開放し、様々なイベントを行うなど、地域と密接に結びついた蔵元です。
仙醸 写真は高遠城下にある本社蔵 酒造りは高遠町上山田にある醸造所で行われている
長生社(駒ヶ根市)
【信濃鶴 無濾過生原酒】
信濃鶴
飲んではじめに感じる激しい香りは、酵母由来の「吟醸香」によるもの。パイナップルのような強い香りで、「酒だけで飲む、あるいはこの香りに負けない濃い味のものと一緒に楽しむお酒かな」(中村さん)

長生社は上伊那で初めて、醸造アルコールを添加しない製法ですべての酒を造るようになった酒蔵です。
長生社
小野酒造店(上伊那郡辰野町)
【夜明け前 純米吟醸 生一本】
夜明け前
小野酒造を代表する銘柄、「夜明け前」の名前は、島崎藤村の小説の名からとられたものです。もともと島崎藤村のご親族と親交があり、直接お願いしてこの名前を使うことを許可してもらったといういわれがあるそうです。

その「夜明け前」、一口飲むと口全体に上品な甘みが広がります。「鍋や湯豆腐など、温かい料理に合いそうな味ですね」(中村さん)

酒蔵がある辰野町にある里山「霧訪山(きりとうやま)」より流れ出る伏流水を利用した酒造りが行われています。
小野酒造
日本酒の面白さ
「米作りは農家が、酒造りは職人がこだわって、その人それぞれの考え方次第で酒の味が変わってくるところに、日本酒の面白さを感じます」と中村さんは語ります。「ワインのように、どんな料理を食べるかによって、その時に飲む日本酒を考えるのも楽しいですよ」

若者のアルコール離れなどにより、日本酒の消費量は減少傾向にありますが、伊那谷が誇る7つの酒蔵の個性あふれる味わいは、とても魅力的です。

ネット注文も手軽で便利ですが、酒蔵や酒屋を訪ねて試飲したり、おすすめの合わせ方をプロに尋ねたりしながら日本酒の世界に触れてみるのも楽しいものですよ。きっと酒造りや蔵の歴史など、さまざまなこぼれ話を教えてくれることと思います!