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    2.室根英之さん(Shoes&Crafts トオク)
伊那谷、あの人の絶景。
2.室根英之さん(Shoes&Crafts トオク)
大きな石灰岩が印象的な太田切川(写真提供=室根英之さん)
日常で出逢う“小さな絶景”が、日々を静かに彩ってくれる
伊那市に生まれ、東京での暮らしを経て2018年7月、同じ伊那谷の駒ヶ根市に店舗を構えた室根英之さん。自らが手がけるオーダーメイドの靴「Sayū」と、日本各地の作家による多様なクラフト作品を紹介するショップ「トオク」のオープンは、伊那谷での新たな(そしてささやかな)絶景が、決め手の一つになったと言います。

 「僕がつくる靴は、年に数回しか履かないおしゃれ靴、ではなく、身体に寄り添って健康を守り、日常を支えるような存在になればと思っています。そのため、お客様のなかには左右の足の長さが異なる方や重度の外反母趾の方など、歩くことに悩みを抱えた方もいらっしゃるんですね。だからこそ、店舗を構えるなら、明るくて風通しのよい、できれば景色もよい場所が、お互いのために良いはず、と考えていました。

 その点、現在の店から見える南アルプスの景観は、申し分のないもので。遠方から来る方にはとくに、『山の眺めが気持ちいいですね』と言っていただくことが多いんです」

 不定期で開催されている企画展の開催時などには、大きな窓ごしに見えるアルプスの眺めを前に、旅の人も地元の人も混ざり合って言葉を交わし合う──。そんな光景を目にすることもまた、室根さんにとって心動かされるひとときなのだとか。

 「この場所で、靴やクラフトを介して自然に会話が始まって、地元の人が県外からの方にガイドブックには載っていないおすすめのスポットを教えたり。最初からそれを意図したわけではなかったのですが、そんな景色が見られると、いいな、面白いな、とうれしくなります。

もちろん、新型コロナウイルスの影響で、以前のような自由な行き交いはまだ、戻っていないように感じますが、またそんな景色が見られるようになったら、と思います」

 そしてもう一つ。一児の父でもある室根さんは、ここ伊那谷で子どもと過ごす時間のなかでも、「小さな絶景」に出逢っているようです。そこで今回は、室根さんに、伊那谷での日々で見つけたおすすめの小絶景について、ご紹介いただきたいと思います。
室根さんがすすめる「私の絶景」
1. 毎年の川遊びで、子の成長を感じる「太田切川」
「伊那谷で子育てをしている人はそれぞれに、なじみの川遊びスポットを一つか二つ、持っている方が多いと思います。うちの場合はそれが『太田切川』。散歩の途中に偶然みつけたような、看板も目標もない、でもちょうど良い流れの場所に子どもを連れていくのが、すでに毎夏の恒例になっています。

息子は自然のなかでの遊びを重視した園に通っているのですが、なかなか臆病なところがあって。最初連れて行った3歳のときには川に入ることすらできませんでした。けれど1年目に少し足を入れられて、2年目には膝下ぐらい。6歳になった今年、やっと川に飛び込むことができました。定点観測のように、同じ川で子どもの成長を感じる、その光景はきっとこれからも折に触れて思い出す景色なのだと思います」
2.イヤイヤ期の子と歩きながら、ふと開けた景色に目を奪われた「北の城橋」
「1の太田切川と同じように、子どもを通して見た景色で印象深いのが、北の城橋から見渡す伊那谷のランドスケープです。じつは、一時期子どもが園に行きたがらない時期があって。なんとかモチベーションになればと、『自転車に乗って行こう!』という挑戦を、毎日のようにしていた時期があったんです。

とはいえ、園までは約10キロの道のりなので、タイムアップになるころに妻が後ろから車で迎えに来るのですが、その途中にいつも通っていたのが、この橋で。隠れた桜の名所として知る人ぞ知る存在でもあるこの橋から見る伊那谷は、天竜川の大きさと、谷、と呼ばれる平地の広さ、それからもちろんアルプスの美しさも感じることができる絶景でした。今はまた、車で通うようになり、あの頃ほどゆっくりと見る機会は少なくなりましたが、思い出深い景色の一つになりました」
3.幼き日の思い出も詰まった、穴場的温泉「信州高遠温泉 さくらの湯」
「かつては高遠町というひとつの町だった、伊那市高遠にある、『さくらの湯』は、いっしょに暮らしていた祖父をはじめ、家族のお気に入りの温泉施設でした。

生まれ育った伊那市内でも、もっと近いところに日帰り温泉施設はあったのですが、近すぎない距離感と、のどかな館内の雰囲気が、家族にはちょうどよかったようで。その感覚は大人になった今、余計に共感できる気がしています。

 いま訪れても、のどかな空気感は昔のまま。高遠、という場所でちょっとした非日常も味わえるし、ここへ来るまでの道のりの自然も、絶景と呼ぶにふさわしいほど美しい。自分の幼少期の思い出に、子どもや妻との新しい思い出が重なる感覚もいいなと思っています。駒ヶ根に暮らすようになってからも、足を伸ばしてつい出かけてしまう、僕の永遠の定番スポットかもしれません」

信州高遠温泉さくらの湯
https://www.ina-city-kankou.co.jp/sakuranoyu/
室根 英之(むろね・ひでゆき)
靴職人・Shoes & Crafts トオク店主
長野県伊那市生まれ。大学卒業後、モゲ・ワークショップにて手づくり靴の技術を修得。その後、ドイツ整形靴専門店(株)ナチュレルにてドイツ整形靴の知識と技術を用いたオーダーインソールのつくり方を学ぶ。アトリエショップでの企画・接客をはじめ、靴の製造、修理、調整を担当。市販の靴の修理やオーダーインソールによる調整も行う。
http://tooku.jp/