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#23 回る心(のぞみるき)
テーマが中尾歌舞伎に決まってから間もなく、弁慶を描きたいと思いました。歌舞伎といえば、華やかな登場人物が織りなすドラマ…というイメージがあったからです。弁慶はその中でも、恰幅が良く、派手なファッションで、目立つ存在でした。日本に住む人なら誰もが知っている、その知名度の高さも描くことの後押しとなりました。

ただ調べてみると、弁慶の出てくるお話は悲痛なものでした。

義経の奥方の首をはねろと命ぜられた弁慶が、同情し、身代わりに腰元を手打ちにしたが、実は自分の娘であったことを知る…というお話です。(『御所桜堀川夜討 弁慶上使の段』より)

はじめ私は、娘を斬るなんてとても正気ではいられないだろうからと、狂気めいた風貌で描いていました。だけどそれでは中尾歌舞伎で演じられていた弁慶とは全く違うものになってしまいます。中尾で演じられた弁慶は、涙を見せながらも真っ直ぐ前を見つめているのです。

どうして娘の頭部を(間に入った侍従太郎の頭も)持った弁慶が、胸を張っているのか、その心情を察するのはとても難かったです。一描き手である私も、弁慶を演じる気持ちで描かないといけないのだなぁと学びになりました。

廻り舞台の裏側でうなだれる女性は、首を討たれた娘の母であり、かつて弁慶と一夜を過ごした女性です。彼女の心情もまた、非常に掻き乱されるものがあったでしょう。

登場人物たちの想いと信念が、舞台の上で行き交います。観客はそのどれに思いを馳せ、感情移入するのでしょうか。

私はどうしても、弁慶が腕に抱える娘の気持ちに寄り添いたくなってしまいます。
イラスト・文

のぞみるき
滋賀県生まれ。絵の先生だった母の影響で、京都精華大の芸術科へ入学。卒業後、お絵描きワークショップ「あなたとわたしのスケッチ会」を企画。絵を通した場作りを行っています。