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シンプルでいて奥深い、伊那谷の甘酒
日本の伝統的な飲料である甘酒。ビタミンB群や必須アミノ酸などを豊富に含み、その栄養価の高さから、近年では「飲む点滴」「飲む美容液」などとも言われています。

消費者の健康志向の高まりや発酵食品ブームに後押しされ、その市場規模は2011年の39億円から2017年は223億円と実に5倍に成長(出所:インテージ調べ)。一過性のブームにとどまらず、大人から子どもまで広く親しまれるようになりました。

ここでは、伊那谷の甘酒を一挙にご紹介!そのつくり手を訪ね、こだわりや特徴、ルーツ、おすすめの楽しみ方まで、たっぷりと教えてもらいました。
慶應2年(1866年)創業。伊那市高遠町の蔵元 仙醸がつくるのは、米+水+麹菌のみでつくられる麹甘酒です。2020年12月に催された第3回長野県甘酒鑑評会では、同蔵の「無添加あまざけ」が精米歩合9割未満部門で長野県酒造組合会長賞を受賞しました。
仙醸の甘酒3種。シンボルキャラクターのライチョウのパッケージが可愛らしい。写真中央が、長野県甘酒鑑評会で長野県酒造組合会長賞を受賞した商品
「美味しいものをつくっているという自信があった。だから(受賞は)特段驚きはしなかった。このような形で評価されて嬉しい」と営業部長の大槻裕司(おおつき・ゆうじ)さん。自慢の甘酒は、それぞれどのような味わいなのでしょうか?

■無添加あまざけ
精米歩合70%。米麹と水だけでつくる甘酒は、雑味のないすっきりとした味わいが特徴。

■発芽玄米あまざけ
自社製の発芽玄米を使用。つぶつぶとした食感のある「食べて美味しい」ヘルシーな甘酒。

■白麹あまざけ
白麹に含まれるクエン酸で、レモンのような酸味のある甘酒。夏は冷やしてソーダ割りにしても◎。

この3種以外にも、生きた酵素を含む「生あまざけ」を発売するなど、新商品の開発に余念がありません。
生あまざけ 写真提供:株式会社仙醸
株式会社仙醸 営業部長 大槻裕司さん
「うちの甘酒は糖類を一切加えていません。日本酒の製造技術を生かした甘酒です。そのままはもちろん、お湯で薄めたり、牛乳や豆乳で割ったり、お好きなアレンジで発酵のパワーを手軽に生活に取り入れてもらえたらと思います」(大槻さん)

甘酒の原料である米は、すべて長野県産米を使用しています。水は、自社ポンプで汲み上げた南アルプスの伏流水にこだわります。さらに同蔵では、製造工程の機械化を実現。年間を通して量・質ともに安定した生産ができるようになりました。

「米発酵文化を未来へ」を経営理念に、更なる革新を続けます。
仙醸(伊那市高遠町)
創業明治44年。日本酒「信濃錦」の蔵元 宮島酒店が造るのは、減農薬、有機・無農薬の契約栽培米で醸す昔ながらの甘酒です。日本酒醸造の高い技術を生かした伝統的な手しごとで仕込む甘酒は、日本酒と同じく冬季のみに造られます。

「甘酒は、造り方はシンプルですが、その中にノウハウがいっぱい詰まっているんです」蔵元の宮島敏(みやじま・さとし)さんは話します。

そんな同蔵の甘酒の原点は、遡ること50年ほど前――。
「私のおばあさんがうちの酒蔵にあった麹を使い、炬燵こたつの熱で造った甘酒をお客さんに振る舞ったところ、非常に評判がよくて、ぜひ売れないかという話になったんです」(宮島さん)

商品化当時は、製造本数も少なかったそうですが、次第にファンを増やし、現在では本業の酒造りを調整しなくてはならないほどを売り上げる人気商品に成長しました。 おばあさんが家族のために造った優しい味わいはそのままに、50年の時を経て洗練された甘酒は、地元はもとより幅広い層から支持されています。
宮島酒店の甘酒3種。左から、信濃錦純正あま酒、特別栽培米使用 信濃錦純正あま酒、特別栽培米使用 信濃錦 玄米あま酒
■信濃錦 純正あま酒
米麹、白米ともに、減農薬の酒米「美山錦」を主に使用した贅沢な甘酒。甘やかな麹の風味、栗香(くりか:蒸した栗の香り)が存分に味わえる。甘みがべたつかず、キレのいい爽やかな後口が特徴。ヨーグルトに混ぜたり、甘味料としてお料理にも。

■特別栽培米使用 信濃錦 純正あま酒
「信濃錦 純正あま酒」のハイグレード商品。原材料に有機肥料のみを用いて・栽培期間中無農薬にて栽培された特別栽培米を使用しており、贈り物としても人気。

■特別栽培米使用 信濃錦 玄米あま酒
玄米の香ばしいフレーバーが魅力の食べる甘酒。食感の残る玄米を押しつぶすと内側からさらに甘さが出てくる。このあま酒も原材料に有機肥料のみを用いて・栽培期間中無農薬にて栽培された特別栽培米を使用しており、ナッツ系やシリアルを好まれる方から特に評価が高い。
宮島さんによると「できたてよりも、半年~1年熟成されると、全体の味の調和感が出て優しい味わいになる」とのこと。
宮島酒店 社長 宮島敏さん
「砂糖は一切使わない米と麹だけの自然な甘みで、比較的さらっとしています。米の旨味を楽しんでいただける、ご飯を食べたときの喜び、お米で育った日本人の本能に触れる、そんな味を目指しています」(宮島さん)

宮島酒店は、昭和40年代全国に先駆けて防腐剤無添加酒を開発し特許を取得。「美味と安心」を理念に、米農家―蔵元―販売店―消費者の「顔の見える」生産体制にこだわります。
また、近年は米を磨いた日本酒が主流となる中で、あえて低精白、無農薬、SDGs に取り組み、生態系の保全と酒文化を地域から発信している点などが評価され、2020年に開催された第3回 エコプロアワード では 「 財務大臣賞」を受賞。信州の風土に根ざした酒造りを続けています。
宮島酒店(伊那市荒井)
伊那市長谷(はせ)――過疎化が進む山間部の耕作放棄地で、自然栽培(無農薬無肥料)の米づくりに挑むthe rice farm(ザ ライス ファーム)では、「カミアカリ」という巨大な胚芽を持つお米を使った玄米甘酒を販売しています。
「自然栽培カミアカリ 玄米あま酒」写真提供:the rice farm
■自然栽培カミアカリ 玄米あま酒
程よい甘みと穀物らしい香ばしい風味が漂う、穀物感たっぷりの「食べる甘酒」。巨大な胚芽に含まれる豊富な栄養素や食物繊維が特徴。雑味がなく、さらっとした甘さで、海外の消費者からも評価が高い。
大きな胚芽が特徴の「カミアカリ」写真提供:the rice farm
カミアカリは、その大きな胚芽に食物繊維やビタミンB群を通常の玄米の3倍以上も蓄えていると言われています。the rice farmではそのお米を、完全無肥料・無農薬の「自然栽培」という特殊な方法で育てることで、よりいっそう価値を高め、主に海外の健康意識の高い消費者層に向け販売しています。販売拠点は、ニューヨーク、ハワイ、シンガポール、台湾、香港など5拠点。



the rice farmを運営する、農業生産法人Wakka Agri(ワッカ・アグリ)の一員で、日本で唯一自然栽培の研究分野で博士号を持つ、細谷啓太(ほそや・けいた)さんに伺いました。

「海外でお米を販売する中で、お米をお米として食べてもらうというのは、少しずつ浸透してきたのですが、そもそもお米を主食としていない文化圏では、『炊き方もわからない、炊飯器もない』という人がほとんど。その中で、どうやってお米の魅力を伝えるかと考えたときに、加工品を作ろうとなったんです」
農業生産法人Wakka Agriの細谷さん。ヘアリーベッチの広がるハウスの中で
そう話す細谷さんは、もともと甘酒に苦手意識があったそうですが、それでも甘酒をつくろうと思ったのには、おいしい甘酒との出会いがありました。

「たまたま、宮島酒店さんの酒蔵を見学させていただく機会があって、そこで飲んだ甘酒がすごく美味しかったんです!みんなで『おいしいね~』って。それで、僕らがつくる特別なカミアカリを甘酒にしたらどうなるんだろうって。そんな好奇心から宮島さんに製造をお願いしたんです」

細谷さんらの依頼を受け、宮島酒店とthe rice farmの強力なタッグが実現。2019年1月、「自然栽培カミアカリ 玄米あま酒」が完成しました。初めは海外の消費者向けにつくった商品でしたが、日本国内でも販売して欲しいという声が相次ぎ、この春、国内での販売もスタートします。
カミアカリを栽培する伊那市長谷中尾集落の風景(5月)
細谷さんによれば、お米の味で「雑味」とされる部分には、タンパク質の量が影響するとされており、タンパク質は、窒素肥料が多いほど増えてしまうとのことで、お米の味をよくするために肥料の量を減らすことが、一般的な手法として行われているそうです。

「僕らは(肥料を)減らすどころか何にも入れていないので、タンパク質量が少なく雑味がない。そのお米の味が甘酒にも反映されていると思います。海外では『Super-version=“最強の甘酒”とか“超進化版”』として売り出しています。特別な玄米をつかった唯一無二の甘酒なので、そこは自信を持っていますね」(細谷さん)

ニューヨーカーの中には「出勤前にこれを飲んでいくわ」と言って買っていく方もいるのだそう(!)。
伊那谷の大地が育んだお米と、酒蔵の伝統製法でつくられた“世界基準”の甘酒を存分にお楽しみください。

■販売情報:the rice farm オンラインショップ https://thericefarm.buyshop.jp/
■問い合わせ先:hosoya@ricefarm.jp
「伊那谷の甘酒特集」ラストを飾るのは、甘酒屋an’s(アンズ)の甘酒豆乳ラテです。
辰野町を拠点に、移動販売車で店を営む、オーナーの白鳥杏奈(しろとり・あんな)さんの元を訪ねました。

「甘酒が苦手な方、小さなお子様にも甘酒を楽しんで欲しくて」

そう話す杏奈さんの甘酒の特徴は、原材料にこだわりながらも、甘酒特有の香りやお米の舌触りは感じない、さらさらゴクゴクと飲める軽やかさにあります。そこに、黒蜜やチョコレート、季節のフルーツなどのフレーバーが、さらにおいしさを引き立てます。
左が通年人気の黒蜜きなこ、右が季節限定アップルジンジャー
■甘酒豆乳ラテ
甘酒×豆乳×フレーバーの甘酒ドリンク。
地元辰野町「小野酒造」の米麹と、低農薬で育てられた「瀬戸ライスファーム」のこだわりのお米2品種をブレンドしてつくる自家製の麹甘酒に、さまざまなフレーバーをプラスしたおしゃれドリンク。
取材の日は、約2時間ひっきりなしにお客さんが…その盛況ぶりに驚く。筆者が帰るころにも、次々にお客さんが訪れていた
取材の日、彼女の移動販売車には、子ども連れのご家族から熟年夫婦までさまざまな客層が足を運んでいました。「杏ちゃんきたよ~」「杏奈ちゃん頑張ってるね~」と、親しみを込めて会話をしては、「また来るね~」と手を振ってにこやかに帰っていきます。

「今のは同級生のお父さんとお母さんで、さっきの方は常連さんです」と笑顔で教えてくれる杏奈さん。その親しみやすい笑顔に、二度目に会ったらつい「杏ちゃん」と呼びたくなってしまうのも納得の筆者……。 甘酒屋an’sの人気のひみつは、杏奈さんの「対面販売の魅力」にあるのだろうと感じました。
小さなお客様にもやさしく声をかける。そんな様子に周囲も和む
そんな杏奈さんが甘酒に目覚めたのは、17歳(2008年)のときのこと。

「もともと甘酒が苦手だったんです。でも、地元の食材でつくられたおいしい麹甘酒を食べて、価値観が一変しました。地元の食材だけでこんなにおいしいものが作れるのか!と感動して……」

それをきっかけに、“食”に関わる仕事を志すようになった杏奈さんは、高校卒業後、調理師学校に進学。さらに、24歳(2015年)の頃、地元「小野酒造」の小野能正(おの・よしまさ)社長との出会いを契機に、酒蔵の麹を原料にした「甘酒屋an’s」をオープンさせました。最近は、さらにおいしい甘酒を目指し小野酒造さんに麹造りを学びに通っているそうです。

「目標は、an’s甘酒ドリンクに合う専用麹づくりをし、さらにおいしい甘酒をつくること」だと語る杏奈さん。彼女の躍進は止まりません。
オーナーの白鳥杏奈さんと、青色の移動販売車
ドレードマークの青色の車で移動販売する甘酒屋an’sの営業場所、時間などは、公式インスタグラムで案内しています。
製造方法は企業秘密!個性の際立つ甘酒づくり
今回は、4つのつくり手訪ねましたが、どちらも詳しい製造方法は「企業秘密」!。

米麹と米と水……この、シンプルな材料だけでつくる甘酒だからこそ、材料の割合や発酵の温度、時間といったわずかな違いが、出来上がりの味わいを左右するのです。

生産者の顔、伊那谷の情景を思い浮かべながら、それぞれの違いを味わってみてはいかがでしょうか。シンプルでいて奥深い、伊那谷の甘酒をご堪能あれ!