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伊那谷のシードルで乾杯!「泡フェス」で祝う果実の恵み
画像提供:アスタルシードルクラブ
長野県南部にある伊那谷で、心ゆくまで「泡」を楽しめるイベント。それが「泡フェス」!でも、その「泡」って何のことでしょう?

このフェスを主催しているのは、伊那谷の飲食店主・果樹農家・醸造業者でつくる「アスタルシードルクラブ」です。異業種のメンバーがどうして集い、一緒にフェスを開くことになったのかをひも解くと、この地の特産農産物である「りんご」を思う熱い気持ちが込められていることが分かりました。

でもまずは、気になる「泡」の正体を確かめてみましょう。フェスが開かれるのは、“恵みの秋”の宵の口。会場は伊那市の中心部にある広場「セントラルパーク」です。
伊那谷の「泡もの」を楽しみ尽くす夜
画像提供:アスタルシードルクラブ
「伊那谷のりんごの恵みに乾杯~~~!」。カシャン。爽やかな秋風が吹き抜ける屋外の会場に、グラスとグラスがぶつかる小気味いい音が響きます。

会場に集う人たちは、りんごの発泡酒「シードル」や「クラフトビール」が注がれたグラスを握りしめています。いずれも上伊那地方・下伊那地方にある小規模醸造所で造られた、えりすぐりの"泡もの"たちです。

そうです!「泡フェス」とは、伊那谷ゆかりの“シュワシュワのお酒”の飲み比べを楽しめるイベントなんです。

シードルは、アスタルシードルクラブの「伊那谷シードル」のほか、カモシカシードル(伊那市)、VinVie(バンビ、松川町)の看板商品も。クラフトビールは、ペッカリービール(伊那市)、In a daze Brewing(イナデイズ ブリューイング、伊那市)、南信州ビール(宮田村)といった個性豊かな品々が勢ぞろいします。

お酒が主役のこの日は、アスタルシードルクラブに名を連ねる各店の料理人がお酒に合うメニューをチョイスして提供します。ありとあらゆるジャンルの料理が並び、訪れた人たちは時間を忘れて飲み比べ・食べ比べを楽しみます。
「泡フェス」の“誕生秘話”をひも解く
自身の店で「伊那谷シードル」を手にする渡邊さん
主催する「アスタルシードルクラブ」は、理想のシードルを作ろうと2014年にできた団体です。伊那市で欧州料理のデリカテッセンを営み、発足時からクラブ代表を務める渡邊竜朗(わたなべ・たつろう)さんに話を聞きました。

始まりは13年の冬。園主の都合でりんごの収穫ができないまま、置き去りにされていた園地がありました。状況を知った渡邊さんら、地元飲食店主の有志が軽トラックで収穫に行き、どうにか無駄にしないための方法を考えました。そこで浮上したのが、飲食店主たちが「自分の店で出したくなるようなオリジナルのシードル」を作ることでした。

その土地の食材を使い、その土地に合った料理を出すことがモットーの渡邊さん。地元の特産物のりんごを使ってシードルを作りたいというアイデアは以前からありました。その思いに呼応して、伊那谷じゅうから飲食店主、果樹農家、醸造業者が集い、「アスタルシードルクラブ」を結成。完成したシードルを封切するイベントとして、泡フェスの前身「シードルヌーヴォー」が始まり、その後クラフトビールを仲間に加えて現在の形になりました。
初開催の「シードルヌーヴォー」の立て看板。今も渡邊さんの店に飾ってあります
2014年の初回は、りんご園に特設会場を設営して緑の中で開催しました。近年は会場へのアクセスの利便性を考えて、伊那市の中心街で開いています。しかし、回を重ねても変わらないことがあります。それは、「乾杯」の発声をりんご農家がすることです。

りんごは秋の収穫を迎えるまでに、一年を通して管理作業があります。一方、それだけの時間と労力を費やしているわりに、農家が日の目を見ることはあまり多くありません。そこで、生産者の一年の苦労をみんなでねぎらって感謝を伝えるという意味で、フェスの乾杯の音頭はりんご農家に取ってもらうことにしています。

そして、この「乾杯」、実は大きな意味があります。この発声と同時に、その年の「伊那谷シードル」の販売が解禁となり、各店での提供が始まります。もともと「シードルヌーヴォー」の名前でイベントが始まったのは、このことが由来となっています。
目指すのは、伊那谷でしか出せない味
提供:アスタルシードルクラブ
アスタルシードルクラブが作る「伊那谷シードル」は2種類あります。一つは、伊那谷のりんごの代表品種「ふじ」だけを使った「シングルシードル」。もう一つは、20~25品種を原料とする「ブレンドシードル」。大手メーカーでは短い期間で製品化するのが主流ですが、アスタルは8ヵ月ほどかけてゆっくり仕上げます。自然の微生物が作用することで、コク深い味わいになるそうです。

甘みが強いふじは生食用の品種としては不動の代表格ですが、甘みは醸造の過程でアルコールに転化してしまうので、品種の特徴をシードルに生かすのは困難です。しかし、アスタルでは、ふじの「シングルシードル」を作ることにこだわりました。それは、「伊那谷のりんごを表現するシードルを作りたい」というメンバーの思いがあったからです。

伊那谷は南北に流れる天竜川を中央に据え、東西を二つのアルプスに挟まれた地形をしています。同じふじの圃場といえども、標高や日照条件などに違いがあり、りんごの果実も異なる特徴を持ちます。たとえば、西向きの斜面の畑は夕陽が長く当たる分、糖度が高くなる、といった具合です。“品種は1つでも、さまざまな個性がある”。そのことを利用して、「伊那谷だからこそできる味を追求している」と渡邊さんは力を込めます。
伊那谷シードルの醸造を担う村田さん
シードルの醸造を請け負っている「伊那ワイン工房」社長の村田純(むらた・じゅん)さんにも、製造面でのこだわりを聞きました。

日本では、口当たりの軽いクリアなシードルが好まれる傾向があるため、専用の機械で瓶詰の際にガスを入れる方法を採用するメーカーもあるといいます。一方、アスタルのシードルは、ひと言で表現すると、“外国の田舎風”。瓶の中でゆっくりと発酵させる過程で、糖分がアルコールに変わる際にガスも自然と発生するのだそうです。

自然に任せた製法ではあるものの、「年によって気象条件が変わり、りんごの収穫時期も前後するため、どのタイミングでりんごの発酵を始めるかで、仕上がりに差が出る」とのこと。当初は7月にリリースしていたものの、夏を越すとさらに熟成が進んでおいしくなることが分かってきて、近年は9~10月に解禁するようになりました。

最後は、記事の読者に向けて泡フェスをPRする、渡邊さんの言葉で締めくくりましょう。

「りんごの恵みがギュッと絞り込まれた、1年に1回の機会に立ち会って、伊那谷のエキスを味わってもらいたいです」