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③-2 信州大学名誉教授 中村浩志氏に聞く。ライチョウ復活プロジェクト
白い冬羽がかわいいライチョウの雌雄。写真提供:中村浩志先生
中央アルプスを舞台に、いま、「ライチョウ復活プロジェクト」が進んでいます。2018年7月、中央アルプス駒ヶ岳で約50年ぶりに雌のライチョウ1羽が確認されたことをきっかけに、5年後には100個体を中央アルプスに復活させるという計画です。

このプロジェクトの概要、貴重な日本の高山の自然とそこに棲む人を恐れない貴重な日本のライチョウ、ライチョウと日本文化の深い関わりなどについて、ライチョウ研究の第一人者 信州大学名誉教授中村浩志先生にお話を伺いました。
5年後には100個体のライチョウを復活させる
背の低いハイマツの中で卵を温める雌ライチョウ。写真提供:中村浩志先生
編集部:中村先生が環境省とともに進めるこの事業。2020年には、どのような試みが実行されるのでしょうか?

中村先生:今年は、乗鞍岳で孵化したばかりの3家族(雌3羽と雛あわせて20羽くらい)をケージで保護し、3週間ほど人の手で守ってやったあと、ヘリコプターで中央アルプス駒ケ岳に運びます。その後も1週間、ケージを使って守ってやり、環境に慣らしたあと家族を放鳥し、野生に戻します。

この手法は、これまで南アルプスの北岳でやってきたのですが、北岳周辺のライチョウの数を5年間で4倍に増やすことに成功しました。この手法を用いて、中央アルプスにライチョウを復活させようというわけです。
南アルプス 北岳でのケージ保護のようす 設置された2個のケージ。写真提供:中村浩志先生
編集部:3家族をヘリコプターで運ぶのですか……!!

中村先生:そうです。それだけじゃないんですよ。2年ほど前に中央アルプスで50年ぶりに見つかった雌が、昨年の11月末、まだ生きています。ですので、その雌が今年も卵を産んだら、それを有精卵と取り替え、雛を孵化させます。

雛が孵化したら、今年はケージを使ってこの家族を1ヶ月間人の手で守ります。守ると言っても、ずっとケージに閉じ込めておくのではありません。日中は家族を外に出し、自由に生活させ、夕方にはケージに収容します。

上手くいけば、今年は中央アルプスに計4家族のライチョウを増やすことができます。それらを元に5年後には100個体のライチョウを中央アルプスに復活させたいと考えています。
雛を連れた雌ライチョウ。写真提供:中村浩志先生
編集部:昨年の取り組みでは、乗鞍岳から持ってきた有精卵から5羽の雛が誕生しましたが、その後天敵に捕食されたか、または長雨が原因かで、誕生から10日後には死亡してしまったとのことでしたが……。

中村先生:昨年は、雛を孵化させるまでは成功したのですが、その後が大変残念でした。

昨年も孵化した雛をケージを使って守ることも考えたのですが、準備が間に合いませんでした。今年は、ライチョウのケージ保護に加え、キツネやテンといった捕食者を山小屋で捕獲し、雛が捕食されないようにすることも実施します。
中央アルプスは「国定公園」へ ライチョウ保護にどうつなげるか
中村先生:中央アルプスが国定公園にようやくなりました。
これからは、中央アルプスの管理を国が中心となって進めてくれるはずですから、ライチョウを復活させるにも丁度良い機会になりました。ライチョウの生息するほかの山と同じような管理が、関係者を中心にこれから行われていくはずです。



編集部:国定公園となり、観光客の誘致にもつながることが期待できますね。

中村先生:大いに期待できると思います。中央アルプスに登ってライチョウに会えるようになったらみなさん喜ぶと思いますね。できるだけ早くそういう状態にしたいと思っています。



編集部:中央アルプスにはロープウェイがあります。そのおかげで、より多くの人がライチョウに出会えるかもしれませんね。

中村先生:はい。しかし、中央アルプスのライチョウが絶滅した原因の一つは、ロープウェイができて年間数十万人という人がどっと山の上へ押し寄せたためとされています。登山者が捨てた残飯を目当てに本来高山帯にいなかったキツネ、テンなどの捕食者が山の上へあがってしまい、ライチョウを獲って食べたことが原因とも言われています。ですので、同じ過ちを繰り返さないよう、観光客の誘致には細心の注意が必要です。
ライチョウの雛を捕らえたニホンザル サルはもとは高山にいなかった動物。写真提供:中村浩志先生
編集部:気軽に登れるようになった現代だからこそ、高山帯への理解やそこに棲むライチョウへの理解、さらに入山マナーを学んだ上で山歩きを楽しむことが大切ですね。

中村先生:昔から、日本では「高い山には神が住んでいる」という山岳信仰がありました。
昔の人にとって、山にゴミを捨てることは神罰を恐れてできなかったのでしょう。

日本人にとって高い山は、かつてはどういう場所であったかということをまず知って欲しいですね。我々が生活している普段の場所と、山の上とは違うんだという認識をまず持ってほしい。そのことがライチョウの保全にもつながります。
駒ケ岳山頂に残る古くからの山岳信仰の遺構。写真提供:中村浩志先生
人を恐れない「神の鳥」ライチョウ
人を恐れない日本のライチョウに驚く外国の研究者。写真提供:中村浩志先生
編集部:人を恐れないのは日本のライチョウだけだと聞きました。

中村先生:そうなんです。僕も若い頃、ライチョウが人を恐れないことに、何の疑問を抱くことはなかった。それが、40歳を過ぎて外国のライチョウを見て初めて、人を恐れないのは日本のライチョウだけだと気が付いたのです。その理由を突き詰めていったら、日本文化にあった。

日本では古くから山岳信仰がありました。高い山は神の領域でした。その神の領域に棲むライチョウは、長い間神の鳥だったわけです。だから、ライチョウを獲って食べたりしなかったのです。



編集部:だから、人に対して今も警戒心がないのですね。

中村先生:はい。外国ではこんな近くから写真をなかなか撮れないですよ。人を恐れない日本のライチョウは、まさに日本文化のシンボルです。
日本の高山で見られる美しいお花畑。世界的にみたら当たり前ではない
駒ケ岳周辺に見られる背の低いハイマツが広がるライチョウの棲息適地。写真提供:中村浩志先生
編集部:調査などで、数多くの外国の山を訪れている中村先生からみて、中央アルプスにはどんな魅力がありますか?

中村先生:僕もいろんな外国の山に登りましたが、日本の高山で見られる素晴らしいお花畑は、外国の山ではほとんど見られません。牧畜文化を基本にするヨーロッパなどの外国では、古くから家畜を高山にまで上げているからです。日本では、夏に高い山に登れば、美しいお花畑が見られるのは当たり前と思っていますが、世界的にみたら当たり前ではないんですよ。

私が学生の頃、中央アルプスのライチョウは絶滅しました。だから、これまで中央アルプスに登ることはなかった。それが2年前に雌が見つかったことで、初めて中央アルプスに登りました。驚いたことに、乗鞍岳に匹敵する素晴らしい高山環境が今も残っている。これなら、ライチョウを復活できると思いました。



編集部:日本特有の山岳信仰・生活様式や文化によって、ライチョウの棲める日本の高山の美しい自然が守られてきたんですね。ライチョウの復活には、ライチョウの棲める高山の環境とともに守っていくことが不可欠なのだと感じます。

ライチョウについて知ることで、中央アルプスに限らず、高山や野生動物への理解が深まり、山歩きがもっと楽しくなると思いました。中村先生、ありがとうございました。