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「大昆蟲食博」の仕掛人、創造館 捧館長に聞く。伊那谷のおいしい昆虫
むしむしむしゃむしゃ!六本脚のおいしい友だち!――伊那谷の中央部に位置する伊那市の生涯学習施設「伊那市創造館」で、このようなキャッチコピーの企画展「大昆蟲食博(だいこんちゅうしょくはく)」が開催されたことがあります(2017年12月~2018年5月)。
伊那谷を代表する4種の昆虫食と、世界(主に東南アジア)の昆虫食11種類が一堂に展示され、伊那谷のみならず全国から来訪者が押し寄せ話題となりました。

それに合わせ開催されたシンポジウムには100名以上が参加。昆虫食を提供した試食会は、行列ができるほどの盛況ぶりで、近年の「昆虫食」への注目度の高さを象徴するようなイベントとなりました。

伊那谷で古くから親しまれている昆虫食が、世界に誇れる食文化として見直されるきっかけとなった同イベント。この時の仕掛人、創造館 館長の捧剛太(ささげ・ごうた)さんに、話を伺いました。
大昆蟲食博のポスター 画像提供:伊那市創造館
大昆蟲食博
編集部:大きな反響を呼んだ「大昆蟲食博」でしたが、捧さんはどのように評価されましたか?

捧さん:はじめは「気持ち悪い」なんて言う人もいましたが、やってみると非常に好評で、やって良かったですね。いろいろなニュースや、なぜか中国のサイトでも取り上げられて、大変話題になりました。この土地の人たちが昔から守ってきた昆虫食にみんな興味があるということを、その時に改めて感じました。

編集部:国内外から反響があったんですね。その期間の入場者数もいつもより多かったですか?

捧さん:多かったですね。開催期間中、最後まで途切れなかったです。比較する企画展にもよりますが、5割増しくらいはあったと思いますよ。

編集部:すごい!

捧さん: 若い人からの問い合わせもたくさんありました。昆虫食を研究している学生さんや、卒業論文に書きたいと言ってくれる人、これから研究したいという高校生もいましたね。

編集部:改めて、昆虫食がさまざまな層に注目されていることを実感しますね。
成り立ちの違う伊那谷の昆虫食
「ある日の伊那人の食卓」 写真提供:伊那市創造館
捧さん: 企画展をするにあたり伊那谷における代表的な4つの昆虫食、イナゴ・ざざ虫・蜂の子・サナギについて改めてまとめてみました。すると、それぞれ成り立ちの違う豊かな食文化だということを知ることができました。

編集部:というと?

捧さん:イナゴは、家庭料理として。子どもが田んぼで遊びで捕ってきて、お母さんが佃煮にして家族みんなで食べる。今20代の人でも、保育園の頃にみんなでイナゴを捕りに行って、園長先生が佃煮にしてくれたとか、そういう記憶が残っているものです。

ざざ虫は、天竜川で捕れる昆虫で、今や伊那谷にしか残っていない独特のもの。これがなぜ伊那谷で生き残ったかというと、かつてこれを東京の料亭やなんかに売り込んだ業者がいて、捕ればそれを買い上げて商品化して買ってくれる人がいた。ごく小さいながらも、循環のある産業として育ち、それが今も生きています。
企画展の会場 写真提供:伊那市創造館
編集部:ふむふむ。

捧さん:蜂の子は、「追う楽しみ、飼う楽しみ、食べる楽しみ」この3つをキーワードに、豊かな自然を守りながら、自分たちの楽しみも生かしていける食文化です。ただ食べるだけでなく、巣を見つけるための「蜂追い」や、巣を育てて大きさを競うコンテストも行われています。日本では、伊那谷だけでなく中津川や愛知県の山の方など日本の中央部でも残っている文化です。

編集部:取材で、伊那市地蜂愛好会を訪ねた時も、蜂追いや巣を育てることを心から楽しんでいる姿が印象的でした。食べることが目的でない人もいると聞き面白いと思いました。
インタビューに応えてくれる捧さん
捧さん:そうですね。
もう一つ、サナギは、かつて養蚕業・製糸業が盛んであった時に、絹糸の副産物としてでる蚕のサナギを食用にしたわけです。蚕はそれ以外にも、サナギを絞って油をとったり、卵の殻を枕に詰めてビーズクッションのように使ったり、糞を漢方薬や食品添加物の緑色の色素として使ったりもしたそうですよ。蚕というのは、無駄にするところがほとんどない、素晴らしい昆虫なんです。

編集部:へー!すごい。ひとくくりに“昆虫食”と言っても、材料の昆虫が捕れる場所も、捕り方や調理の方法も、その背景にある文化も全然違うんですね。

捧さん:そうなんです。面白いでしょう?
“ここは海がなくて、タンパク質が不足していたから虫を食べるしかなかった”とネガティブなイメージを持たれていましたが、改めて見つめ直してみると、伊那谷の豊かな自然とそれを賢く享受する生活、そういう共生する暮らしがあったからこそ育まれた立派な食文化です。むしろ誇らしいことだということを再認識できました。
8年越しに実現した昆虫食の企画展
編集部: そもそも、“昆虫食”をテーマに企画展を行おうと思ったのはなぜですか?

捧さん:私は2010年にここの館長として東京から移住して来たのですが、当時、館長候補の面接で「どんなことをやりたいか」と聞かれた時に、伊那谷にある昆虫食の伝統と、JAXA(宇宙航空研究開発機構)で研究されている宇宙食としての昆虫食を組み合わせた展示ができるんじゃないか、なんて話をしたんです。

編集部:そんなに前から構想は始まっていたんですね。
捧さんが館長を務める伊那市創造館
捧さん:はい。そこから8年経って、いろいろ企画展をやってネタがなくなってきた時に、市民の方から膨大な蝶の標本を寄贈していただいたんですよ!それをぜひ展示したいけど、蝶だけで埋めてもな……と思って、ふと、昆虫つながりで「昆虫食」をやろうと。食糧危機の問題で、注目のテーマでもあったし。

編集部:面接で語った思いを、8年越しに実現させたんですね!

捧さん:はい、ちょうどその時、信州大学農学部の松島憲一先生が、調査で東南アジアに行くということで、向こうで食べられているいろいろな種類の昆虫食を買ってきてくれて、一緒に並べることができたんです。
東南アジアの昆虫食
東南アジアの昆虫食の一部 写真提供:伊那市創造館
東南アジアの昆虫食の一部 写真提供:伊那市創造館
編集部:写真で見ても、世界で食べられている昆虫食はインパクトがすごいですね…

捧さん:あちらでは、街道筋のテント村などで、タガメやコオロギ、サワガニ、川エビなどが同じジャンルで大皿に山盛りされて並べられています。みんなだいたい素揚げにして甘辛いソースで食べるんですが、そうするとみんな同じ味になっちゃうんですよね(笑)

編集部:あはは(笑)。伊那谷では佃煮が多いですが、世界のものと比較してみると面白いですね。
流通しない“ゴトウムシ”。昆虫食を知ると伊那谷の暮らしが見えてくる
編集部:ちなみに、捧さん自身はどの虫が好きですか?

捧さん:私は蜂の子が好きですね。蜂の子ご飯もおいしいし、佃煮を酒のつまみにしてもいいですね。あと、ゴトウムシかな。

編集部:ゴトウムシ?

捧さん:ゴトウムシは、カミキリムシの幼虫で、木の中にいるんです。昔の人は、薪割りをしている時に横に七輪を置いて、出てきたゴトウムシをポイッとのせて、焼いて食べていたそうです。私も一度食べさせてもらいました。
木の中にいるゴトウムシ 写真提供:伊那市創造館
編集部:…どんな味がするんですか?

捧さん:とろりとした銀杏のクリームのような…木によって味が変わるのだと思いますが、コンロに乗せると、ぐーっと節が伸びて、ぷつっと音がして、湯気がふわっと上がる。ふふふ。それが一番美味しい。

編集部:ふふ(笑)。薪を割る人の特権だったんですね。

捧さん:そう、だから商品化はされていないのですが、ゴトウムシが一番美味しいって言う人も多いですよ。

編集部: 伊那谷の人の暮らしが見えてくるようですね。昆虫食を食べる時には、そうしたこの土地の暮らしも一緒に体感してもらえたら良いですね。
調理中のゴトウムシ 写真提供:伊那市創造館
各地で起こるニューウェーブ。今後の展開は?
編集部:今後は、どんな展開を考えていますか?

捧さん:新型コロナで延期になってしまったシンポジウムをもう一度開催したいですね。
2度目のシンポジウムは、東京でコオロギラーメン、コオロギビールなどを展開し、伊那からざざ虫も仕入れて新しい料理に挑戦しているレストラン「antcicada(アントシカダ)」の篠原君を招いて行う予定でしたが延期になってしまったので、いつか実現したいです。

編集部:東京でも、すでに昆虫食が提供される動きがあるんですね?

捧さん:そう。彼が、ニューウェーブなのは、物珍しさで売っているのではなくて本当においしいんだと。昆虫食は、ゲテモノ趣味だとか、罰ゲーム的な捉え方をされがちですが、あくまで本当においしいものをと提供しているんです。

編集部:そうした流れの中で、昆虫食に対する価値観もどんどん変わっていきそうですね。

捧さん:うん。食糧危機を見据えた形の昆虫食は、確かに一つのポイントではあるのですが、おいしさとか伝統的な食文化とかにも目を向けて欲しいと思います。

編集部:今後の展開も楽しみにしています!
■伊那市創造館
長野県伊那市荒井3520番地
TEL:0265-72-6220
URL:http://www.inacity.jp/shisetsu/library_museum/inashisozokan/index.html

■レストラン「antcicada(アントシカダ)」について
公式サイト:https://antcicada.com/