おいしい、たのしい、おもしろい!蜂の子の魅力
伊那谷三大珍味のひとつ「蜂の子」は、チクッと刺されたら痛~い、あの蜂の幼虫のことです。伊那谷では、古くからこの蜂の子(ときには蛹や成虫も)を貴重なタンパク源として食べる習慣がありました。佃煮や炊き込みごはん、ふりかけ、塩炒りなど「蜂の子」は秋のごちそうで、祭事にはちらし寿司やお稲荷さんにして振る舞われたりしていました。
伊那谷で主に食用とされているのは、「クロスズメバチ」という種で、土の中に穴を掘って巣をつくることから「地蜂」とも呼ばれています。また地域によって「スガレ」や「ヘボ」などとも呼ばれ、この呼び方の方が馴染み深いという人もいます。オオスズメバチやアカバチ、アシナガバチなど、古くから色々な種類の蜂が食べられてきましたが、「スガレ」が一番美味しいと評判です。
(これ以降は、「クロスズメバチ」を「スガレ」と表記いたします)
このスガレの巣を見つけるために、スガレに目印をつけ、それを追いかけて巣を見つける「蜂追い(スガレ追い)」という昔ながらの手法が今でも行われています。さらに、見つけた巣を「飼い巣」にして愛でたり、育てた巣の大きさを競い合ったりと、「食べる」以外の独自の楽しみ方をもつのが、このスガレの魅力です。
昆虫食に注目が集まる今、伊那谷ではどのようにしてこの伝統的な食文化が守られているのか? その実態を探るべく、伊那谷でスガレの普及に努める伊那市地蜂愛好会の皆さんの元を訪ねました。
スガレの巣をみつける伝統技法「蜂追い」
10月上旬、木々の紅葉の始まったばかりの伊那市高遠町の山林で、地蜂愛好会の皆さんが「蜂追い」を決行すると聞き、現場に同行させていただくことにしました。
案内してくれた会長の有賀幸雄さん(67)は「初めてひとりでスガレの巣を見つけたのは小学校2年生のとき」という、この道60年のベテランです。
伊那市地蜂愛好会 会長の有賀幸雄さん
「蜂追い」は伊那谷に古くから伝わる伝統技法。働き蜂が巣に餌を持ち帰る習性を利用して、印を付けたスガレを追いかけて巣を見つけるという、なんとも野性味あふれる方法です。
有賀さんがまず取り出したのは、スガレの餌となるイカと鶏レバー。
「これを巣がありそうな場所や、餌を探す蜂の通り道にぶら下げて蜂をおびき寄せます。昔は野にいるカエルなんかを使ったけど、今はこれが主流。イカは匂いも出るから蜂をおびき寄せやすいんです」
木に取り付けてしばらくすると……いました!スガレです。体長は15mmほど、黒い胴体に白い縞模様が印象的。食材としての味が良く、小柄な割にたくさんの量が採れ、比較的攻撃性が弱い点からスガレが好まれてきたそうです。
この蜂に「糸目(いとめ)」と呼ばれる、餌を縛り付けた目印を持たせます。昔は真綿が使われていましたが、現在は、長さや重さ、素材など各々工夫を凝らした糸目を使うとのこと。フルーツの保護ネットやガラスの緩衝材、レジ袋などを小さく切って使いますが、水に強く軽いもの、また見失わないために自然界にはない「白」を選ぶのだそうです。
蜂が餌を食いちぎることに夢中になっている時に、「糸目」を餌に巻き込んで持たせます。蜂が飛び立ったら、足元が悪かろうとお構いなしに野山を駆け回り蜂を追います。「右!右!左!」「そっちにいったぞ!」チームになって声を掛け合いながら、大の大人が夢中になって蜂を追いかけます。すぐそばに巣があることもあれば、100m、あるいは200m先まで道なき山林を飛んでいくこともあります。途中で見失ったら、そこでまた蜂をおびき寄せ、糸目を持たせ、また追いかける。蜂と人間の根気くらべです。
「蜂追いは“ずく”がなければできない。気の短い人は、座禅なんかするよりよっぽど気が長くなるよ。苦労して巣を見つけた時は本当にうれしい」と、愛好会の方々と一緒に蜂追いを楽しんでいた仲間の有賀勝さんが話してくれました。子どもの頃は、こうして日が沈むまで野山を駆け回っていたそうです。
(※「ずく」とは、伊那谷をはじめ信州の方言で「根気」とか「やる気」のような意味)
この日、約6時間半かけて見つけた巣穴は3つ。達成感いっぱいの表情がこちら!
皆さん少年のように目を輝かせていました。
巣を掘り起こす時は、完全防備で!
見つけた巣は、巣穴から煙幕を焚き、蜂を仮死状態に眠らせて土の中から壊れないように掘り起こします。秋には30センチ以上にもなる巣。1匹の女王蜂から数千匹もの子どもが産まれ巣を大きくしていく、自然の神秘に心が動かされます。
「食べる」だけじゃないスガレの魅力
お昼ごはんをはさんで午後も蜂追い。同世代の友人とのコミュニケーションの場ともなっている
「蜂の子を捕るというのは、食べる楽しみだけではないんですよ。昔は、タンパク源として蜂の子を食べていましたが、最近はその志向が変わってきてレジャーだとか、遊び、健康維持など、“楽しみ”を目的としたものに変わってきています」と、蜂追いの魅力を語る会長の有賀さん。
「蜂追い」は、大きく分けて初夏と秋に行われます。秋は大きく育った巣を捕りますが、初夏はまだ小さいうち(ピンポン球~ソフトボールくらい)の巣を掘り出して、手近な場所で飼育します。これを「飼い巣」と呼ぶそうです。
別の日、有賀さんのお宅を訪ねると、庭先の木箱でスガレが大切に飼われていました。
「ここに座って蜂の巣を眺めたり、お客さんがきたらここでお茶したりしますよ」地蜂愛が詰まった素敵なお庭
「巣を眺めていると癒やされます。蜂がどんなものを運んできたか観察したり、巣箱の中で巣がどんなふうに大きくなったか想像を巡らせたり…面白いですよ。スガレを育てるのは難しいんです。だからこそおもしろい、飼い巣の醍醐味ですね」
食べることが目的ではない人は、そのまま山へ還す人もいるそうで、「自分のところの飼い巣は『わしゃたべねえ(自分では食べない)』って人もいます。端正こめて餌をあげて大きくしたのに、食べるなんてできないって」と有賀さんは笑います。
楽しみ方は人それぞれ。蜂を追うこと、飼って愛でること、巣を大きく育てること、美味しく食べること。四季を通じてさまざまな楽しみを与えてくれるのがスガレの魅力なのです。
働き蜂がせっせと餌を巣箱に運ぶ。
毎年秋には、庭で育てた巣の大きさを競い合う「蜂の巣コンテスト」も開催されており、手塩にかけて育てた巣は、大きいもので重さ5キロ、蜂の巣房は18段になるものもあるとか。驚きです。
地蜂コンテストの様子。毎年11月初旬頃に伊那市の「はびろ農業公園みはらしファーム」で開催されます
スガレの減少。スガレをとおして自然環境をみつめる
そんなスガレが、近年急激に数を減らしているといい、有賀さんは肩を落として話します。
「スガレは山の生き物と思われている方も多いですが、私たちの小さい頃は、田んぼの土手とかにあたり前にあって、『稲刈りにいったら蜂の巣があった、これを捕って夕食のおかずにしようか』というようなものでした。今では、農薬の普及や自然環境の変化から当時の10分の1くらいにまで数が減っていると言われているんです」
こうした状況を受けて地蜂愛好会では、秋に飼い巣から新女王蜂だけを取り出して人工的に越冬させ、冬の間の生存率を上げる保護活動も行っています。越冬させた女王蜂は翌年の春に会員に配って山に放虫し、再び蜂追いを楽しむなど1年間を通してスガレと向き合っています。会員の多くは、子どもの頃に蜂追いをしたことがある人で、定年退職して「もう一度」と始める人がほとんど。子どもの頃と違う山の様子や自然環境の変化、蜂の変化を切実に感じとります。
「スガレを見ているといろいろな変化に気付きます。昔に比べて山も整備が行き届かず汚い。これからは、人や蜂のことだけでなく生物の多様性や環境のことも考えていかないといけないよね」
自然をフィールドにした伝統文化は、遊びや食文化を後世に残すだけでなく、私たちの暮らす環境の変化、森や大地を見つめる目としても大きな役割を果たしているのだと感じるお話でした。
スガレ飼育1年間のメカニズム
次の世代へ
蜂追い体験会の様子。写真提供:伊那市地蜂愛好会
巣から蜂の子をとり出す子どもたち。写真提供:伊那市地蜂愛好会
この伝統文化を若い世代に伝えようと、地蜂愛好会では年に数回、子どもたちを招いた蜂追い体験会なども開催しています。
「今は、食べ物が豊かになってやる必要はないかもしれませんが、私たちはこれが大好きだから、この伝統的な遊び・食文化は残っていってもらいたいですね」。有賀さんは子どもたちに伊那谷の伝統文化の未来を託します。
伊那谷で、連綿と受け継がれてきたこの文化が、自然や生き物を大切にするその思想とともにこれからも次の世代へと受け継がれていってほしいと思います。
(文・写真:産直新聞社)
関係団体へのお問い合わせ
◆伊那市地蜂愛好会
窓口:伊那市役所 耕地林務課
TEL.0265-78-4111
◆はびろ農業公園みはらしファーム
長野県伊那市西箕輪3416-1
TEL.0265-74-1807
「地蜂コンテスト」について、詳細はお問い合わせください。