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美しい田園風景とともに伝わる郷土食「イナゴ」
「イナゴ」を食べたことのある方は案外多いかもしれません。イナゴは、日本の各地で、稲を食べてしまう害虫とされる一方で、稲の副産物として捕れる「ご馳走」とも考えられてきました。もちろん伊那谷には、美しい田園風景とともにイナゴを食べる文化が今もなおしっかり残っています。

甘辛いイナゴの佃煮はご飯のおかずやお酒のつまみにもぴったり!サクサクカリカリとした食感に、芳ばしい香り。イナゴの味を話すときには「エビのような味」と表現する人もいます。昆虫食に挑戦するなら、まずイナゴから挑戦してみるのはいかがでしょうか?
国民的昆虫食「イナゴ」
日本の昆虫食の中で、もっともポピュラーな虫といえば「イナゴ」。
昆虫食にあまり馴染みのない人でも、「イナゴだけは食べたことがある」「子どもの頃食べた」「おばあちゃんの家で食べた」などと話す人もいます。
1919年に昆虫学者、三宅恒方氏がまとめた報告書によると、イナゴは国民の50%以上が食べていたとされ、いわば国民的昆虫食でした。当時はイナゴだけでなく、蜂の子・カイコのサナギ・カミキリムシ・タガメなど55種類の昆虫が食べられていたとされています。
(出典:「食用及薬用昆虫に関する調査」三宅恒方)
日本でイナゴが食べられてきた歴史を紐解くと、平安時代に書かれた日本現存最古の薬物辞典「本草和名(ほんぞうわみょう)」の中に、イナゴを食べていたこと示す記述が残っています。また、江戸時代の有名な百科事典「守貞謾稿(もりさだまんこう)」の中には「イナゴの蒲焼売り(螽蒲燒賣)」の説明があり、イナゴを串に刺して蒲焼にして食べていたことが記されています。
イナゴは、歴史的にみても日本人に馴染みの深い昆虫食だということがわかります。
アジアで日常的に食べられているバッタ類
一方、イナゴをはじめバッタの類を食糧とする文化は世界的にみても珍しくなく、世界中で食用とされる昆虫1909種類のうち13%、約250種がバッタ・イナゴ・コオロギなどバッタの類で、特に韓国、中国、タイ、ベトナム、ラオス、ミャンマーなどアジア圏では日常的に食べられているそうです。
ちなみに、昆虫の中で最も多く食べられている種類は、カブトムシ・クワガタ・カミキリムシなど「甲虫目」で全体の31%、約600種類を占めています。
(2013年FAO発表報告書に基づく)
家庭の味として受け継がれている郷土食
世界中で食べられているイナゴ。昆虫食に苦手意識のある方も「イナゴならば…」と思っていただけたでしょうか。

伊那谷では、イナゴは郷土食。親から子へ、姑さんからお嫁さんへと受け継がれてきた家庭の味です。
調理法は、甘露煮や佃煮が一般的で、捕ってきたイナゴを通気性の良い袋で一晩おき排泄物を出させたあと、お湯にとおしてよく洗います。この時に注意しなければならないことは、袋に入れたままお湯に通すことです。バラバラとお湯に入れると一斉に跳ね出して、大変なことになります。
こうして下準備したイナゴは、炒ってから砂糖と醤油で甘辛く煮付けたり、一度油で揚げてから味付けしたり、食べやすいように脚や羽をもぎ取ったりしていただきます。家庭によって作り方や味付けが微妙に違うのも家庭の味ならでは。
昔に比べイナゴの数も減少しており、各家庭で調理されることは少なくなってきたものの、現在でも伊那谷の稲作農家の食卓に並ぶ、おふくろの味です。
伊那谷で道の駅の直売所やお土産屋さんに立ち寄ると、瓶詰めや缶詰が、またお惣菜コーナーなどでは甘露煮や佃煮においしく調理されたイナゴを手にとることができます。食べたことがない方は、伊那谷を訪れた記念にぜひ味わってみてください!
害虫駆除と栄養摂取、一石二鳥のご馳走だった
さて、イナゴはどこで捕れるかご存知ですか?
イナゴを漢字で書くと「稲子」と表記されるように、イナゴの主食は稲。9月から10月にかけて稲刈り~脱穀の時期になると、田んぼやその周辺で捕ることができます。この時期のイナゴは丸々と肥えていて栄養をたっぷり蓄えています。秋はイナゴの旬です。しかし、これが大量発生すると厄介で、イナゴは稲を食べてしまう害虫とされてきました。

一方で、稲の副産物として捕れる「ご馳走」だとも考えられてきました。イナゴはタンパク質やカルシウム・ミネラルが豊富で、山国で暮らすための欠かせない栄養源であり、厳しい冬を凌ぐ保存食でもありました。また、太平洋戦争中や終戦直後の食糧難の時代を生きた世代には、イナゴを食べて飢えを凌いだ経験を持つ方も多くいます。

伊那谷の人々にとってイナゴを食べることは、栄養摂取と害虫駆除の一石二鳥だったというわけです。
イナゴ捕りは子どもの仕事。伊那谷に今もなお残る原風景
今も昔も変わらない秋の風景
イナゴを捕るには特別な道具や技術も必要ないため、子どもでも遊び感覚で捕まえることができます。数を取ろうと思えば、昔は日本手拭いでできた袋を腰につけて、現在では、ペットボトルを改良してイナゴが外に出られなくした道具を肩からかけて、次々と捕獲してイナゴをその中に入れていきます。田んぼをぴょんぴょんと跳ねまわるイナゴを捕まえるのは楽しく、遊びも兼ねた子どもの仕事でした。戦後のある時期には、捕まえたイナゴを売って収入を得ていたともいわれています。
捕まえたイナゴをペットボトルに入れる子どもたち
こうした捕獲の容易さ、農作業に子どもが参加できる農村の暮らしが、イナゴを永く家庭食として残してきた理由でもあります。今では、イナゴを売って収入を得ている人はあまり見かけませんが、稲刈りのころになると、農作業をする大人のそばでイナゴを捕まえる子どもの姿も見られます。伊那谷には今もなお、古き良き日本の原風景が残っています。
美しい里山の田園風景とともに守りたい郷土の味
伊那谷の美しい田園風景
伊那谷の美しい田園風景
伊那谷は、中央アルプスや南アルプスから湧き出る清冽な水によって、古くから稲作が栄えた地域。昭和3年に西天竜幹線用水路が完成すると、さらに多くの水田が開墾されました。こうして繁栄した農村文化の中で、イナゴを食べる風習も伝えられてきました。
伊那谷で現在でもイナゴが食べられている背景には、稲作を中心に発達した里山農村の暮らしと、それを守り伝えたい人々の思いがあります。

ご先祖様から受け継いだ田んぼを絶やさないように――この美しい里山の風景を次の世代に残したい――そんな伊那谷の人々の思いが、伊那谷の美しい田園風景を守ると同時に、家族で農作業をした楽しい思い出、おふくろの味を連想する温かな味と記憶とともに受け継がれてきたのではないかと思います。
伊那谷に来たら、ぜひ、美しい里山の田園風景と、郷土の味「イナゴ」を堪能していってください。
参考資料
・信州伊那谷のおいしい昆虫(長野県上伊那地域振興局)
・食用及薬用昆虫に関する調査(農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター)
・FAO報告書



伊那谷の美しい田園風景の写真:長野伊那谷観光局

そのほかの写真:産直新聞社