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④中央アルプス将棊頭山 西駒んボッカと聖職の碑
薪をかついで山登り
中央アルプス北部にある将棊頭山。この山では、2013年から毎年「西駒んボッカ」というヒルクライムレースが行われています。伊那市の鳩吹公園からスタートし、将棊頭山山頂直下にある西駒山荘まで、標高差1750メートル、トータル11.6キロ(舗装路と登山道合計)の行程を、薪を担いで登るレース(開催当初の荷はレンガ)です。
そもそも「ボッカ」という言葉に馴染みのない人も多いかもしれませんが、漢字では「歩荷」と書き、山に荷揚げする行為や職業を指します。なぜこのような大会が始まったのでしょうか?
地元住民の力で建てられた小屋
それには、大正2年(1913年)にこの山で起こった遭難事故が大きく関係しています。中箕輪尋常高等小学校(現箕輪町立箕輪中学校:箕輪町)で行われた修学登山で、台風による悪天候が原因で、教師・生徒ら11名もの犠牲者を出した痛ましい事故。作家の新田次郎氏によって「聖職の碑」として小説にもなっており、地元では今なお語り継がれています。
この事件を受け、「二度と悲惨な事故を繰り返さぬように」という思いから建てられたのが、伊那小屋(=現西駒山荘)なのです。
小屋に使用された建材は、全て人力で運ばれたという、地元住民の力で造られた小屋です。当時の人々の思いと苦労がしのばれます。
なぜ“ボッカ”なのか
そしてこの事件から100年を迎えた2013年に、西駒山荘の建て替え工事が行われることとなりました。この工事に合わせて、建材となるレンガ(2.5キロ)を歩荷して小屋の建つ場所まで運ぼうと始まったのが西駒んボッカです。
大正4年の伊那小屋建設時のように、歩荷で建材を荷揚げすることで、多くの人に当時の地元の人々の苦労を実感してもらいたいとの思いからこの催しが行われるようになったそうです。
レースに参加することで山小屋の建築に直接関われるという面白さを併せ持ったこの大会は、第1回開催時から113人もの参加者が集まりました。
風化させない
こうしてリニューアルした西駒山荘の隣には、大正時代に造られた石室が現存しており、また山の稜線上には、かつての事故を風化させないようにとの思いから、「遭難記念碑」が建てられています。そしてこの山は、いまなお中学校の集団登山で地元の中学生が登る山でもあります。この山が持つ歴史と、それを今に語り継ごうとする地元の人々の思いが、様々な形となって表れている山なのです。